・・・人間の密輸入はまだ一度ぎりだ。」 田宮は一盃ぐいとやりながら、わざとらしい渋面をつくって見せた。「だがお蓮の今日あるを得たのは、実際君のおかげだよ。」 牧野は太い腕を伸ばして、田宮へ猪口をさしつけた。「そう云われると恐れ入る・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・黄の平生密輸入者たちに黄老爺と呼ばれていた話、又湘譚の或商人から三千元を強奪した話、又腿に弾丸を受けた樊阿七と言う副頭目を肩に蘆林譚を泳ぎ越した話、又岳州の或山道に十二人の歩兵を射倒した話、――譚は殆ど黄六一を崇拝しているのかと思う位、熱心・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・警戒兵としての経験からくるある直感で、ワーシカは、すぐ、労働組合の労働者ではなく、密輸入者の橇であると神経に感じた。銃をとると、彼は扉を押して、戸外へ躍りでた。扉が開いたその瞬間に、刺すような寒気が、小屋の中へ突き入ってきた。シーシコフもつ・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫