・・・どうか又熊掌にさえ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。 どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。 どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察す・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし私が貰おうとする妻は君らには想像も出来ないほど美しい、富裕な、純潔な少女なんだ」 そういって彼れは笏を上げて青年たちに一足先きに行けと眼で合図した。青年たちが騒ぎ合いながら堂母の蔭に隠れるのを見届けると、フランシスはいまいましげに・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・労働階級といえどもこの努力に協力するの義務がある。富裕階級が労働階級の解放に参加しないのは個人的利害によって、この国家的な道徳的協同に反対するものであると説いた。われわれには共鳴するところ最も多い論拠である。マルクスの如く歴史の発展を物力の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・愛してはくれるが、働いてくれるには及ばなかった富裕な家の母と、自分の養、教育のために犠牲的に働いてくれた母とでは、子どもの感情は大変な相異であろう。労働と犠牲とは母性愛を神聖なものにする条件だ。佐野勝也氏の母は機を織ったり、行商したりして子・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・この人の所へある日遠方の富裕な地主イブラヒム・ベグ・ハジからの手紙をもった使いが来て、「入れ歯を一そろい作ってこの使いの者に渡してくれ」とのことであった。そこで歯医者は返事をかいて、「口中をよく拝見した上でないと入れ歯はできないから御足労な・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 端唄が現す恋の苦労や浮世のあじきなさも、または浄瑠璃が歌う義理人情のわずらわしさをもまだ経験しない幸福な富裕な町家の娘、我儘で勝気でしかも優しい町家の娘の姿をば自分は長唄の三味線の音につれてありありと空想中に描き出した。そして八月の炎・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・の主人公が病的であった原因は、富裕な階級の未亡人に甘やかされて社会性を鍛えられずに青年となった人間の醜さと悲劇である。作者が恋愛した人との現実で苦しんでいた、人生に対する対手の狐疑な生活経験からたくわえられたものであった。作者が重い比重で自・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・当時、無産派の文学としてあらわれていた作品は、どれもそれぞれの作者の生活より自然発生的にその貧につき、社会悪と資本家への憎悪などが描かれたもので、つきつめてみればそれがこれまでのような富裕な階級に生きる文士の身辺小説でないという違いをもった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・貧しいマリヤに比べても彼は決して富裕と云うどころの生活ではなかったのですから。物理化学学校の実験室での、八時間。その一日の仕事の帰り途、市場へまわって夫婦は一緒に夕飯のための材料を買いました。家事の雑用を最も手まわしよくやって三時間。それか・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
最近豪華版とか、限定版とか称する書籍を見る。少い部数で、一々本の番号を付し、非常に立派な装幀で、一見洵に豪華なものである。限られた少数の富裕な見手を目当てにしたものだろう。私達から見れば此上なく意味のないもので、読んで見て・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
出典:青空文庫