・・・ 小学校の費用は、はじめ、これを建つるとき、その半を官よりたすけ、半は市中の富豪より出だして、家を建て書籍を買い、残金は人に貸して利足を取り、永く学校の資となす。また、区内の戸毎に命じて、半年に金一歩を出ださしめ、貸金の利足に合して永続・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・の人の身は、必ず学校より出でたる者にして、少小教育の所得を、成年の後、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたしたる者にして、世に名声も香しきことなれども、少壮の時より政府の官につき、月給を蓄積して富豪の名を成したる者あるを聞かず。もしも・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・あるいは精神的富豪社会と云った方が当たっているかも知れない。それはどんな社会だと云うと、国家枢要の地位を占めた官吏の懐抱している思想と同じような思想を懐抱して、著作に従事している文士の形づくっている一階級である。こう云う文士はぜひとも上流社・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・よく婦人雑誌の実話などのなかに、たとえば手内職から今日の富豪となる迄の努力生活の女主人公として女のひとの立志伝がのったりしますが、そういうひとの生涯でも、或る意味ではやはりえらいと云えるでしょう。普通の人間の忍べないと思うような辛苦をよく耐・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・彼等はラジウム精錬の特許を独占して驚くべき富豪になる代りに、人類へその科学上の発見を公開して、キュリー夫人は五十歳を越してもソルボンヌ大学教授としての収入だけで生活して行った。キュリー夫妻の人間としての歴史的な価値は、その十五分ほどの間の判・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・ 自動車の厚い窓硝子の中から、ちらりと投げた視線に私の後姿を認めた富豪の愛らしい令嬢たちは、きっと、その刹那憐憫の交った軽侮を感じるだろう。彼女は女らしい自分流儀の直覚で、佇んでいる私の顔を正面から見たら、浅間しい程物慾しげな相貌を尖ら・・・ 宮本百合子 「小景」
Auguste Rodin は為事場へ出て来た。 広い間一ぱいに朝日が差し込んでいる。この Hオテル Biron というのは、もと或る富豪の作った、贅沢な建物であるが、ついこの間まで聖心派の尼寺になっていた。Faubo・・・ 森鴎外 「花子」
・・・それでいて、こんな催しをするのは、彼が忽ち富豪の主人になって、人を凌ぎ世に傲った前生活の惰力ではあるまいか。その惰力に任せて、彼は依然こんな事をして、丁度創作家が同時に批評家の眼で自分の作品を見る様に、過ぎ去った栄華のなごりを、現在の傍観者・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華やかに装った富豪の妻や娘もそれに混じるであろう。公共の任務のために忙しく自動車を駆るものは致し方がないが、私利をはかるために、またはホテルで踊るために、・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・あるとき藤村は、相当の富豪の息子で、文筆の仕事に携わろうとしている人の住宅の噂をしたことがある。藤村はその住宅の大きく立派であることを話したあとで、あの程度の仕事をしていながら、あんな立派な家に住んでいて、よく恥ずかしくないものだと思います・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫