・・・とにかく彼はえたいの知れない幻の中を彷徨した後やっと正気を恢復した時には××胡同の社宅に据えた寝棺の中に横たわっていた。のみならずちょうど寝棺の前には若い本願寺派の布教師が一人、引導か何かを渡していた。 こう言う半三郎の復活の評判になっ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 柩は寝棺である。のせてある台は三尺ばかりしかない。そばに立つと、眼と鼻の間に、中が見下された。中には、細くきざんだ紙に南無阿弥陀仏と書いたのが、雪のようにふりまいてある。先生の顔は、半ば頬をその紙の中にうずめながら、静かに眼をつぶって・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・花田と青島、黒布に被われたる寝棺をかつぎこむ。とも子 いや……縁起の悪い……沢本 全く貴様はどうかしやしないか。花田 さあ、ともちゃん、俺たちの中から一人選んでくれ。俺が引き受けた、おまえの旦那は決して死なしはし・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「やっぱり極道すると、碌な死にざま出来やせんなア。」とお霜は云った。「棺桶どうする。」と秋三はまた云い出した。「箱棺で好かろが。あれなら三円位で出来るしな。」「寝棺はどうや、もっと安かろが?」「寝棺は高い高い。どんねに安・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫