・・・その山高帽子とその紫の襟飾と――自分は当時、むしろ、哂うべき対象として、一瞥の中に収めたこの光景が、なぜか今になって見ると、どうしてもまた忘れる事が出来ない。…… ―――――――――――――――――――――――――・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ここで私のいう労働者とは、社会問題の最も重要な位置を占むべき労働問題の対象たる第四階級と称せられる人々をいうのだ。第四階級のうち特に都会に生活している人々をいうのだ。 もし私の考えるところが間違っていなかったら、私が前述した意味の労働者・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ 北海道といってもそういうことを考える時、主に私の心の対象となるのは住み慣れた札幌とその附近だ。長い冬の有る処は変化に乏しくてつまらないと人は一概にいうけれども、それは決してそうではない。変化は却ってその方に多い。雪に埋もれる六ヶ月は成・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ この岡惚れの対象となって、江戸育ちだというから、海津か卵であろう、築地辺の川端で迷惑をするのがお誓さんで――実は梅水という牛屋の女中さん。……御新規お一人様、なまで御酒……待った、待った。そ、そんなのじゃ決してない。第一、お客に、むら・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・が、人生及び社会を対象とする今日以後の文人は、昔の詩人のように山林に韜晦する事は出来ない。都会に生活して群集と伍し、直接時代に触れなければならぬ。然るに文人に強うるに依然清貧なる隠者生活を以てし文人をして死したる思想の木乃伊たらしめんとする・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 社会運動に、芸術運動に、苟くも、人間を対象とするかぎり、闘争を意味し、感激を意味し、良心の上に立つことを意味せざるはない。謙虚と純情と自己犠牲の観念によって、はじめて感激の火は民衆に移されるのである、これ即ち、ナロードニーキの精神であ・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ひとり搾取の対象となった彼等の上に、近時、社会の眼が、ようやく正しく向いて来たのでした。 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・それはその対象が常に流転し変化するからである。たとえば自然の風物に対しても、そこには日毎に、というよりも時毎に微妙な変化、推移が行われるし、周囲の出来事を眺めても、ともすればその真意を掴み得ないうちにそれがぐん/\経過するからである。しかし・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・それとも彼女という対象がそもそも自分には間違った形式なのだろうか」「しかし俺にはまだ一つの空想が残っている。そして残っているのはただ一つその空想があるばかりだ」 机の上の電燈のスタンドへはいつの間にかたくさん虫が集まって来ていた。そ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ それらはなにかその頃の憧憬の対象でもあった。単純で、平明で、健康な世界。――今その世界が彼の前にある。思いもかけず、こんな田舎の緑樹の蔭に、その世界はもっと新鮮な形を具えて存在している。 そんな国定教科書風な感傷のなかに、彼は彼の・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫