・・・手創負いて斃れんとする父とたよりなき吾とを、敵の中より救いたるルーファスの一家に事ありと云う日に、膝を組んで動かぬのはウィリアムの猶好まぬところである。封建の代のならい、主と呼び従と名乗る身の危きに赴かで、人に卑怯と嘲けらるるは彼の尤も好ま・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・失礼ながら時代後れだとも思いました。封建時代の人間の団隊のようにも考えました。しかしそう考えた私はついに一種の淋しさを脱却する訳に行かなかったのです。私は意見の相違はいかに親しい間柄でもどうする事もできないと思っていましたから、私の家に出入・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・記者は封建時代の人にして、何事に就ても都て其時代の有様を見て立論することなれば、君臣主従は即ち藩主と士族との関係にして、其士族たる男子には藩の公務あれども、妻女は唯家の内に居るが故に婦人に主君なしと放言したることならんか。若しも然るときは百・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一、古来、封建世禄の風、我が邦に行われ、上下の情、相通ぜざること久し。ひとり私塾においては、遠近の人相集り、その交際ただ読書の一事のみにて他に関係なければ、たがいにその貴賤貧富を論ずるにいとまあらず。ゆえに富貴は貧賤の情実を知り、貧賤は・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・学校の規則もとより門閥貴賤を問わずと、表向の名に唱るのみならず事実にこの趣意を貫き、設立のその日より釐毫も仮すところなくして、あたかも封建門閥の残夢中に純然たる四民同権の一新世界を開きたるがごとし。 けだし慶応義塾の社員は中津の旧藩士族・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・譬えば封建の時代に武家は百姓町人を斬棄てると言いながら実際に斬棄てたる者なきが如く、正式に名を存するのみにして習慣の許さゞる所なり。但し天地は広し、真実の父母が銭の為めに娘を売る者さえある世の中ならば、所謂親の威光を以て娘の嫁入を強うる者も・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 特に一つ社会の枠内で、これまで、より負担の多い、より忍従の生活を強いられて来た勤労大衆、婦人、青少年の生活は、社会が、封建的な桎梏から自由になって民主化するということで、本当に新しい内容の日々を、もたらされるようになるからである。・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
一 第二次ヨーロッパ大戦は、私たち現世紀の人間にさまざまの深刻な教訓をあたえた。そのもっとも根本的な点は国際間の複雑な利害矛盾の調整は、封建的で、また資本主義的な強圧であるナチズムやファシズムでは・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 明治の開化期、日本にはじめて新聞が発刊された時分、それはどんなに新鮮な空気をあたりに息吹かせながら、封建と開化とが奇妙にいりまじって錯雑した当時の輿論を指導したことだったろう。論説を書いた人々は社会の木鐸であるというその時分愛好された・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・ お城を讃えると人はすぐに封建時代の讃美として非難するかもしれない。しかしお城が偉大さを印象すると主張することは、封建時代を呼び返そうとすることでもなければ、また、封建時代的な営造物を新しく作るように要求することでもない。それぞれの時代・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫