・・・とおっしゃると娘はだまったままで包を開くとライオンのふる箱の中に少し許の巻紙と筆と封筒が入って居た。「今日はもうこれ丈うれたのかい」とおっしゃるとだまったままでうなずいて一寸私の顔をぬすみ見てはよれよれになった袂の先をいじって居る。お祖母様・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・我々が常用する丸善のアテナという封筒の屑であった。Yの立ったばかりのところだから、何となく愛を感じ、私はその書きそこないを手にとりあげた。ひろげて見たら、彼女らしくない弱々しい字で府下世田ヶ谷と書いてある。其那にペンがひどくなって居たかと思・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・規則をきめると、或る作家たちは一枚の封筒を渡された。中に、めいめいが書くべき主題・形式、長さを命令した紙が入っている。翌朝十時までに必要に応じた詩・論文・スローガン・ビラなどを芸術的作品にまとめて出さなければならないというわけである。 ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・こういう風をこの封筒に入れてちょっと吹かせてあげとうございます。二階は蒸風呂です。だもんで下にいて、些か能率低下なの。家で夏をすごすのは四年目です。ではどうか御機嫌よく。[自注7]徳さんもこの暑いのに可哀そうに――坂井徳三がプロ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・本当に、嬉しい手紙というものは、何ゆえ、ああも心を吸いよせ、永い道中で封筒の四隅が皺になり、けばだったのまでよいものだろう! 手紙は私の留守にフダーヤが伊豆に出かけたこと、あまり愉快でなかったこと、特に宿屋の隣室に変な一組がいて悩殺され・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・一年半ばかりゴロゴロ そこの妻君の兄のところへうつる、 そこはい難いので夜だけ富士製紙のパルプをトラックにつんで運搬した、人足 そしたら内になり 足の拇指をつぶし紹介されて愛婦の封筒書きに入り居すわり六年法政を出る、「あすこへ入らな・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・箱根の山へピクニックしたことも書いてあり、山の上に憩ありというゲーテの詩など感想にふくめて書かれているのだが、ここに封入しました、という十国峠の写真は入っていなかった。封筒の表を改めて見直したら、写真一葉領置と書きこんである。私は合図をして・・・ 宮本百合子 「写真」
・・・ 千鶴子は手にもっている封筒から、四つに畳んだ手紙を出し、土間に立ったまま、「ほら、いい香でしょう」と、はる子の前へ折り目を拡げた。女らしいペン字の上に細かい更紗飾りを撒いたように濃い小豆色の沈丁の花が押されていた。強い香が鼻翼・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・白い西洋封筒は軽い薄い雁皮の紙ながら、ふっくりと厚くて、その一封の便りが印度洋を越えてロンドンまで行くということが、母には判っているような心許ないような気がしたのだろう。いつも封じめには封蝋の代りに赤だの青だののレースのような円い封印紙が貼・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・ それから舶来の象牙紙と封筒との箱入になっているのを出して、ペンで手紙を書き出した。石田はペンと鉛筆とで万事済ませて、硯というものを使わない。稀に願届なぞがいれば、書記に頼む。それは陸軍に出てから病気引籠をしたことがないという位だから、・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫