・・・ 雪がそのままの待女郎になって、手を取って導くようで、まんじ巴の中空を渡る橋は、さながらに玉の桟橋かと思われました。 人間は増長します。――積雪のために汽車が留って難儀をすると言えば――旅籠は取らないで、すぐにお米さんの許へ、そうだ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ と、さすが客商売の、透かさず機嫌を取って、扉隣へ導くと、紳士の開閉の乱暴さは、ドドンドシン、続けさまに扉が鳴った。 五「旦那は――ははあ、奥方様と成程。……それから御入浴という、まずもっての御寸法。――そこ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・冥途の首途を導くようじゃありませんか、五月闇に、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。……成程、もの寂しさは、もの寂しい…… 話はちょっと前後した――うぐい亭では、座つきに月雪花。また少々慾張って、米俵だの、丁字だの、そうした形の落雁・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・が、お米の双の爪さきは、白い蝶々に、おじさんを載せて、高く導く。「何だい、今のは、あれは。」「久助って、寺爺やです。卵塔場で働いていて、休みのお茶のついでに、私をからかったんでしょう。子供だと思っている。おじさんがいらっしゃるのに、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 人間の努力というものは奇妙なもので、努力するという限りでは、ここ数年間の軍官民はそれぞれ莫迦は莫迦なりに努力して来たのだが、その努力が日本を敗戦に導くための努力であった如く、日本の文壇の努力は日本の小説を貧困に導くための努力であった。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・たれかこの少女らの行く末を守り導くものぞ、彼ら自ら唄いて自ら泣く時も遠くはあるまじ。 急ぎて裏門を出でぬ、貴嬢はここの梅林を憶えたもうや、今や貴嬢には苦しき紀念なるべし、二郎には悲しき木陰となり、われには恐ろしき場処となれり。門を出ずれ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ あの時は山羊のごとく然り山野泉流ただ自然の導くままに逍遙したり。あの時は飛瀑の音、われを動かすことわが情のごとく、巌や山や幽なる森林や、その色彩形容みなあの時においてわれを刺激すること食欲のごときものありたり。すなわちあの時はただ愛、・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・あるいはその路が君を小さな林に導く。林の中ごろに到ってまた二つに分かれたら、その小なる路を撰んでみたまえ。あるいはその路が君を妙な処に導く。これは林の奥の古い墓地で苔むす墓が四つ五つ並んでその前にすこしばかりの空地があって、その横のほうに女・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・のみならず、かくまちまちな所説が各々真理を主張することが真理そのものの所在への懐疑に導くことはいつの時代でも同じことであった。あたかもソクラテスの年少時代のギリシアのような状態であった。実際それらの教団の中には理論のための理論をもてあそぶソ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・この習慣は信じられぬほど安易への誘惑を導くものであり、もはや独立して思索したり、研究したりする労作と勇猛心と野望とにたえがたくするものである。他人の書物についてナハデンケンする習慣にむしばまれていない独立的な、生気溌剌とした学者や、思想家を・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫