・・・その記事に依ると、本当の母親は小さいうちに死んでしまって、継母の手に育ったという。博士は三人の子供が三人共学問が嫌いで、性質が悪くて家出をしたように云っているけれども、これを全く子供の罪に帰する事は出来ぬ。「妻は小学校しか卒業していない女だ・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ 思えば、気の小さい、そんな男のことなどをあばいた本など、たいして売れもしなかっただろうと、おれは思っていたが案に違って、誇張めいた言い方をすると、瞬く間に版を重ねて、十六版も出たという。お前は知るまいが、初版は千五百部で以後五百部ずつ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・大きな星一ツに小さいのが三ツ四ツきらきらとして、周囲には何か黒いものが矗々と立っている。これは即ち山査子の灌木。俺は灌木の中に居るのだ。さてこそ置去り…… と思うと、慄然として、頭髪が弥竪ったよ。しかし待てよ、畑で射られたのにしては、こ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その一心な姿を見ていると、彼自身の耳の中でもそのラジオの小さい音がきこえて来るようにさえ思われるのだった。 彼が先の夜、酔っていた青年に向かって、窓のなかに立ったり坐ったりしている人びとの姿が、みななにかはかない運命を背負って浮世に生き・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困ると・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・あまり小さく、窮屈に男性を束縛するのは、男性の世界を理解しないものだ。小さい几帳面な男子が必ずしも妻を愛し、婦人を尊敬するものではない。大事なところで、献身的につくしてくれるものでもない。要は男性としての本質を見よ。夫としてのたのみがいを見・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・将校は老人の手や顔に包丁で切ったような小さい傷をつけるのがいやになった。大刀の斬れあじをためすためにやってみたのだ。だが、そいつがあまりに斬れなかった。「えゝい、仕様がない。このまゝ埋めてしまえ! 面倒だ」 将校はテレかくしに苦笑し・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・が与えた左様いう感じも必ずしも小さい働ではないと思います。文章発達史の上から云えば矢張り顧視せねばならぬ事実だと思います。 それはまあただ文章の上だけの話でありますが、其から「浮雲」其物が有した性質が当時に作用した事も中々少くはなかった・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・―― 小さい時から仲のよかったお安は、この秋には何とか金の仕度をして、東京の監獄にいる兄に面会に行きたがった。母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・石垣に近い縁側の突き当たりは、壁によせて末子の小さい風琴も置いてあるところで、その上には時々の用事なぞを書きつける黒板も掛けてある。そこは私たちが古い籐椅子を置き、簡単な腰掛け椅子を置いて、互いに話を持ち寄ったり、庭をながめたりして来た場所・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫