・・・ 池のかなたより二人の小娘、十四と九つばかりなるが手を組みて唄いつつ来たるにあいぬ。一目にて貧しき家の児なるを知りたり。唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわれに解し難し。ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・高い土手の上に子守の小娘が二人と職人体の男が一人、無言で見物しているばかり、あたりには人影がない。前夜の雨がカラリとあがって、若草若葉の野は光り輝いている。 六人の一人は巡査、一人は医者、三人は人夫、そして中折れ帽をかぶって二子の羽織を・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・傾きし月の光にすかし見ればかねて見知りし大入島の百合という小娘にぞありける。「そのころ渡船を業となすもの多きうちにも、源が名は浦々にまで聞こえし。そは心たしかに侠気ある若者なりしがゆえのみならず、べつに深きゆえあり、げに君にも聞かしたき・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・それと引違えて徐に現れたのは、紫の糸のたくさんあるごく粗い縞の銘仙の着物に紅気のかなりある唐縮緬の帯を締めた、源三と同年か一つも上であろうかという可愛らしい小娘である。 源三はすたすたと歩いていたが、ちょうどこの時虫が知らせでもしたよう・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・そのころの末子はまだ人に髪を結ってもらって、お手玉や千代紙に余念もないほどの小娘であった。宿屋の庭のままごとに、松葉を魚の形につなぐことなぞは、ことにその幼い心を楽しませた。兄たちの学校も近かったから、海老茶色の小娘らしい袴に学校用の鞄で、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・三吉が小山の家の方から通っている同じ学校の先生で、夏休みを機会に鼻の療治を受けに来ている人があると、三吉は直ぐそれを知らせにおげんのところへ飛んで来るし、あわれげな唖の小娘を連れて遠い山家の方から医院に着いた夫婦があると、それも知らせに飛ん・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・悪戯盛りの近所の小娘が、親でも泣かせそうな激しい眼付をして――そのくせ、飛んだ器量好しだが――横手の土塀の方へ隠れて行った。「どうしてこの辺の娘は、こう荒いんだろう。男だか女だか解りゃしない」 こう高瀬は濡縁のところから、垣根越しに・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ぼくは、恋文を貰った小娘のように顔をあからめていた。四、これが君の手紙への返事だったら破いて呉れ。僕としては依頼文のつもりだった。たった一つ、僕のこんどの小説を宣伝して呉れということ。五、昨日、不愉快な客が来て、太宰治は巧くやったねと云った・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ゆっくり真紅含羞の顔をあげて、私の、ずるい、平気な笑顔を見つけて、小娘のような無染の溜息、それでも、「むずかしいのねえ、ありがとう。」とかしこい一言、小声でいうのを忘れなかった。そうして、わかれた。一万五千円の学費つかって、学問して、そうし・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・こう云うとたんに、丁度美しい小娘がジュポンの裾を撮んで、ぬかるみを跨ごうとしているのを見附けた竜騎兵中尉は、左の手にを握っていた軍刀を高く持ち上げて、極めて熱心にその娘の足附きを見ていたが、跨いでしまったのを見届けて、長い脚を大股に踏んで、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫