・・・洗面台に犯人の遺した腕時計が光っていて、それが折から金につまった小娘を誘惑する。ここはなかなかこの娘役者の骨の折れるところであろう。多分胸の動悸を象徴するためであろうか、機関車のような者を舞台裏で聞かせるがあれは少し変である。 容疑者の・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・つれにおくれまいとして背なかにむすんだ兵児帯のはしをふりながらかけ足で歩く、板裏草履の小娘。「ぱっぱ女学生」と土地でいわれている彼女たちは、小刻みに前のめりにおそろしく早く歩く。どっちかの肩を前におしだすようにして、工場の門からつきとばされ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・二十六の女とは思われぬ程小娘らしい調子があるが、これは左右の糸切歯が抜けていて、声が漏れるためとも思われるし、又職業柄わざと舌ッたるくしているのだとも思われた。話しながら絶えず身体をゆすぶり、一語一語に手招ぎするような風に手を動す癖がある。・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・喰い残りの麦飯なりとも一椀を恵み給わばうれしかるべしとて肩の荷物を卸せば十二、三の小娘来りて洗足を参らすべきまでもなし。この風呂に入り給えと勧められてそのまま湯あみすれば小娘はかいがいしく玉蜀黍の殻を抱え来りて風呂にくべなどするさまひなびた・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向って、私は、「ほう、おかしいことよ、私は少々センチメンタルになって来てよ」といわれよう! 私は、御飯時分になると、台所の土間に両足下りて、うこぎ垣越に往還に向い拍子木をパン、パン、パンとたたい・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・着るものなどそうはゆかず、私が言葉に出してとがめ、赤い顔をさせなければ、うまく胡魔化したつもりで横着をきめるのかと思うと、友禅メリンスの中幅帯をちんまりお太鼓にして居る小娘の心が悲しく厭わしくなった。 食卓を離れ、椽側の籐椅子に腰かけ、・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ 紡績絣に赤い帯をしめた小娘のヤスの姿と、俄にガランとした家と、そこに絡んでいるスパイの気配とをまざまざ実感させる文章であった。仰々しい見出しで、恐らくは写真までをのせて書き立てた新聞記事によって動乱したらしい外の様子も手にとるよう・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・当年十六歳にしては、少し幼く見える、痩肉の小娘である。しかしこれはちとの臆する気色もなしに、一部始終の陳述をした。祖母の話を物陰から聞いた事、夜になって床に入ってから、出願を思い立った事、妹まつに打ち明けて勧誘した事、自分で願書を書いた事、・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・丁度あの Zola の Lourdes で、汽車の中に乗り込んでいて、足の創の直った霊験を話す小娘の話のようなものである。度々同じ事を話すので、次第に修行が詰んで、routine のある小説家の書く文章のようになっている。ロダンの不用意な問・・・ 森鴎外 「花子」
・・・十四になった誕生日には初めてジュリアをつとめたが、そのころは見すぼらしい、弱々しげな、見ていて気の毒になるような小娘であった。人を引きつける力などは少しもない。暇さえあると古い彫刻と対坐していつまでもいつまでもじっとしている。 一八七九・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫