・・・が、行長の投げつけた剣は宙に飛んだ金将軍の足の小指を斬り落した。 その夜も明けないうちである。王命を果した金将軍は桂月香を背負いながら、人気のない野原を走っていた。野原の涯には残月が一痕、ちょうど暗い丘のかげに沈もうとしているところだっ・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・ 一二 灸 僕は何かいたずらをすると、必ず伯母につかまっては足の小指に灸をすえられた。僕に最も怖ろしかったのは灸の熱さそれ自身よりも灸をすえられるということである。僕は手足をばたばたさせながら「かちかち山だよう。ぼう・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・きらずに煮込んだ剥身は、小指を食切るほどの勢で、私も二つ三つおすそわけに預るし、皆も食べたんですから、看板のしこのせいです。幾月ぶりかの、お魚だから、大人は、坊やに譲ったんです。その癖、出がけには、坊や、晩には玉子だぞ。お土産は電車だ、と云・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・争われぬのは、お祖父さんの御典医から、父典養に相伝して、脈を取って、ト小指を刎ねた時の容体と少しも変らぬ。 杢若が、さとと云うのは、山、村里のその里の意味でない。註をすれば里よりは山の義で、字に顕せば故郷になる……実家になる。 八九・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・……実の処、僕が小指の姉なんぞも、此家へ一人二度目妻を世話しようといってますがね、お互にこの職人が小児に本を買って遣る苦労をするようじゃ、末を見込んで嫁入がないッさ。ね、祖母が、孫と君の世話をして、この寒空に水仕事だ。 因果な婆さんやな・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・そこがちょうど結び目の帯留の金具を射て、弾丸は外れたらしい。小指のさきほどの打身があった。淡いふすぼりが、媼の手が榊を清水にひたして冷すうちに、ブライツッケルの冷罨法にも合えるごとく、やや青く、薄紫にあせるとともに、乳が銀の露に汗ばんで、濡・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・と女中は小指を出して見せる。「何が? 馬鹿言え」「隠したって駄目よ。どこの芸者?」「芸者だ? 馬鹿言え! よその立派な上さんだ」「とか何とかおっしゃいますね。白粉っけなしの、わざと櫛巻か何かで堅気らしく見せたって、商売人はど・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・脚絆も足袋も、紺の色あせ、のみならず血色なき小指現われぬ。一声高く竹の裂るる音して、勢いよく燃え上がりし炎は足を焦がさんとす、されど翁は足を引かざりき。 げに心地よき火や、たが燃やしつる火ぞ、かたじけなし。いいさして足を替えつ。十とせの・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・花から取った香水や、肌色のスメツ白粉や、小指のさきほどの大きさが六ルーブルに価する紅は、集団農場の組織や、労働者の学校や、突撃隊の活動などとは、およそ相反するものだ。それをわざわざ持ちこんで行くのは意味がなければならなかった。社会主義的社会・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・背に、小指のさき程の傷口があるだけであった。 顔は何かに呼びかけるような表情になって、眼を開けたまゝ固くなっていた。「俺が前以て注意をしたんだ、――兎狩りにさえ出なけりゃ、こんなことになりゃしなかったんだ!」 上等看護長は、大勢・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫