・・・ 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。 川水は荒神橋の下手で簾のようになって落ちている。夏草の茂った中洲の彼方で・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を洩れて来る日光が、径のそこここや杉の幹へ、蝋燭で照らしたような弱い日なたを作っていた。歩いてゆく私の頭の影や肩先の影・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・とお正はうつむいた、そして二人は人家から離れた、礫の多い凸凹道を、静かに歩んでいる。「否、僕は真実に左様思います、何故彼女がお正さんと同じ人で無かったかと思います。」 お正は、そっと大友の顔を見上げた。大友は月影に霞む流れの末を見つ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・若者一個庭前にて何事をかなしつつあるを見る。礫多き路に沿いたる井戸の傍らに少女あり。水枯れし小川の岸に幾株の老梅並び樹てり、柿の実、星のごとくこの梅樹の際より現わる。紅葉火のごとく燃えて一叢の竹林を照らす。ますます奥深く分け入れば村窮まりて・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・蹄鉄に蹴られた礫が白樺の幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸のケースをさした帯皮を両肩からはすかいに十文字にかけた男が乗っていた。 騎馬の男は、靄に包まれて、はっきりその顔形が見分けられなか・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 卯太郎は唾を吐いた。礫を拾って、そこらの笹の繁みへ、ねらいもきめずに投げつけた。石はカチンと松の幹にぶつかって、反射してほかへはねとんだ。泥棒をする、そのことが、本当に、彼には、腹が立つものゝようだった。 番人が、番人小屋の方へ行・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・夏らしい日あたりや、影や、時の物の茄子でも漬けて在院中の慰みとするに好いような沢山な円い小石がその川岸にあった。あの小山の家の方で、墓参りより外にめったに屋外に出たことのないようなおげんに取っては、その川岸は胸一ぱいに好い空気を呼吸すること・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ その日の夕方のことであった、南の戸袋を打つ小石の音がした。誰か屋外から投げ込んでよこした。「誰だ」 と高瀬は障子のところへ走って行って、濡縁の外へ出て見た。「人の家へ石など放り込みやがって――誰だ――悪戯も好い加減にしろ―・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・騒ぐな、騒ぐな、と息をつめたような声で言ってから、庭へ飛び降り小石を拾い、はっしとぶっつけた。狆の頭部に命中した。きゃんと一声するどく鳴いてから狆の白い小さいからだがくるくると独楽のように廻って、ぱたとたおれた。死んだのである。雨戸をしめて・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・いちばんおもしろいのは、三艘の大飛行船が船首を並べて断雲の間を飛行している、その上空に追い迫った一隊の爆撃機が急速なダイヴィングで小石のごとく落下して来て、飛行船の横腹と横腹との間の狭い空間を電光のごとくかすめては滝壺のつばめのごとく舞い上・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫