・・・河の水はどうですかと、家の者から口々に問わるるにつけても、ここで雨さえ小降りになるなら心配は無いのだがなアと、思わず又嘆息を繰返すのであった。 一時間に五分ぐらいずつ増してるから、これで見ると床へつくにはまだ十時間ある訳だ。いつでも畳を・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・もう晴りぎわの小降りである。ともかくも路地をたどって通りへ出た。亭主は雨がやんでから行きなと言ったが、どこへ行く? 文公は路地口の軒下に身を寄せて往来の上下を見た。幌人車が威勢よく駆けている。店々のともし火が道に映っている。一二丁先の大通り・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・その夜おそく雨が小降りになったころ私たちはその料亭を出て、池のほとりの大きい旅館に一緒に泊り、翌る朝は、からりと晴れていたので、私は友人とわかれてバスに乗り御坂峠を越えて甲府へ行こうとしたが、バスは河口湖を過ぎて二十分くらい峠をのぼりはじめ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 夜中雨が降って翌朝は少し小降りにはなったがいつ止むとも見えない。宿の番傘を借りて明神池見物に出掛けた。道端の熊笹が雨に濡れているのが目に沁みるほど美しい。どこかの大きな庭園を歩いているような気もする。有名な河童橋は河風が寒く、穂高の山・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫