・・・自分はその手伝いをしながら、きょうは粘液の少ないようにと思った。しかし便器をぬいてみると、粘液はゆうべよりもずっと多かった。それを見た妻は誰にともなしに、「あんなにあります」と声を挙げた。その声は年の七つも若い女学生になったかと思うくらい、・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 僕は譚にこう言われた時、おのずから彼の長沙にも少ない金持の子だったのを思い出した。 それから十分ばかりたった後、僕等はやはり向い合ったまま、木の子だの鶏だの白菜だのの多い四川料理の晩飯をはじめていた。芸者はもう林大嬌の外にも大勢僕・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・政治の上にも、宗教の上にも、その他人間生活のすべての諸相の上にかかる普遍的な要素は、多いか少ないかの程度において存在している。それを私は無視しているものではない。それはあまりに明白な事実であるがゆえに、問題にしなかっただけのことだ。 私・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ 座敷は二階で、だだっ広い、人気の少ないさみしい家で、夕餉もさびしゅうございました。 若狭鰈――大すきですが、それが附木のように凍っています――白子魚乾、切干大根の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐く・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・味にとらるる恐れがあるけれど、そういう毒をふくんだ意味でなく公明な批判的の意味でみて、人生上ある程度以上に満足している人には、深く人に親しみ、しんから人を懐しがるということが、どうしてもわれわれよりは少ないように思われる。夫婦親子の関係も同・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・が、落款があっても淡島椿岳が如何なる画人であるかを知るものは極めて少なく、縦令名を知っていても芸術的価値を認むるものが更にいよいよ少ないのだから、円福寺に限らず、ドコにあっても椿岳の画は粗末に扱われて児供の翫弄となり鼠の巣となって亡びてしま・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この世界は広いけれど、ほんとうに俺たちの相手となるようなものは少ない。はじめから死んでいるも同然な街の建物や、人間などの造った家や、堤防やいっさいのものは、打衝っていっても、ほんとうに死んでいるのだから張り合いがない。そこへいくと、おまえた・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・「そんなことはないけど、写真で見るよりかもう少し品があって、口数の少ないオットリした、それはいい娘ですよ」「そんないい娘が、私のような乱暴者を亭主に持って、辛抱が出来るかしら」「それは私が引き受ける」と新造が横から引き取って、「・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「荷物はそれだけか」「少ないでしょう?」「いや、多い。多すぎる。どうも近所に体裁が悪いよ。もっとも近所といっても、焼跡ばかしだが……」「そう言われるだろうと思って、大阪駅の浮浪者に、毛布だとか米だとかパンだとか、相当くれてや・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ そしてそんな物々しい駄目をおしながらその女の話した薬というのは、素焼の土瓶へ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼きにしたもので、それをいくらか宛かごく少ない分量を飲んでいると、「一匹食わんうちに」癒るというのであった。そしてその「一匹食・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫