・・・ただその感覚の段階的変化を表示する尺度がまだ発見されていないのは残念である。 そのころの郷里には「切りもぐさ」などはなかったらしく、紙袋に入れたもぐさの塊から一ひねりずつひねり取っては付けるから下手をやると大小ならびにひねり方の剛柔の異・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・字引きで見ると杖の字は昔は尺度の意味であったという話があるから、昔もやはりメーターの一種であったのである。 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・に相当するものは、すなわちその鋭鈍を計る尺度の読み取りに当たるものである。もっともこれはただ譬喩に過ぎない。物理学上の言葉の濫用かもしれぬ。しかしまじめな物理学上の事がらでエントロピーや温度の考えを拡張して行く余地は充分にあるように思われる・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・それが死んだねずみであるか石塊であるかを弁別する事には少なくもその長さの十分一すなわち〇・五ミクロン程度の尺度で測られるような形態の異同を判断することが必要であると思われる。しかるに〇・五ミクロンはもはや黄色光波の波長と同程度で、網膜の細胞・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・実際日本の地質図を開いてそのいろいろの色彩に染め分けられたモザイックを、多くの他の大陸的国土の同尺度のそれと見比べてみてもこの特徴は想像するに難くない。このような地質的多様性はそれを生じた地殻運動のためにも、また地質の相違による二次的原因か・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 日常見慣れた現象をただ時間の尺度を変えて見せられただけの事である。時の長短という事はもちろん相対的な意味しかない。蜉蝣の生涯も永劫であり国民の歴史も刹那の現象であるとすれば、どうして私はこの活動映画からこんなに強い衝動を感じたのだろう・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・これはしかし力のごとき人間感覚に直接の交渉を有せぬ量であって、自然現象を整理するに便宜な尺度の一つと考えなければなるまい。仕事の考えが定まればエネルギーの考えはこれから導かれる。すなわち仕事をなす能をエネルギーと名づける。ある現象が起ってそ・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・融通のきかぬ一本調子の趣味に固執して、その趣味以外の作物を一気に抹殺せんとするのは、英語の教師が物理、化学、歴史を受け持ちながら、すべての答案を英語の尺度で採点してしまうと一般である。その尺度に合せざる作家はことごとく落第の悲運に際会せざる・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・さてその最後の判断と云えば善悪とか優劣とかそう範疇はたくさんないのですが無理にもこの尺度に合うようにどんな複雑なものでも委細御構なく切り約められるものと仮定してかかるのであります。中味は込入っていて眼がちらちらするだけだからせめて締括った総・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・だから、批評の対象とされた作家は度はずれな尺度でものを云われ、そのことでプロレタリア文学の理論そのものまでふみやぶられていて後に自己批判を必要とされた次第であった。 一人の婦人作家がこういう荷にあまる歴史的な苦しさに焼かれて日々をすごし・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
出典:青空文庫