・・・ 可愛い児とおっしゃるから、何ぞ尼寺でお気に入った、かなりやでもお見付け遊ばしたのかしらなんと思ってさ、うかがって驚いたのは、千ちゃんお前様のことじゃあないかね。(いつでもうわさをしていたからお前たちも知っておいでだろう。蘭 と・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 一週間経ったある日、八十二歳の高齢で死んだという讃岐国某尼寺の尼僧のミイラが千日前楽天地の地下室で見世物に出されているのを、豹一は見に行った。女性の特徴たる乳房その他の痕跡歴然たり、教育の参考資料だという口上に惹きつけられ、歪んだ顔で・・・ 織田作之助 「雨」
・・・親類には大きい尼寺の長老になっている尼君が大勢あって、それがこの活溌な美少年を、やたらに甘やかすのである。 二三年勤める積で、陸軍には出た。大尉になり次第罷めるはずである。それを一段落として、身分相応に結婚して、ボヘミアにある広い田畑を・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ いっしょに連れて行った二人を老師に引き合せて、巡錫の打ち合せなどを済ました後、しばらく雑談をしているうちに、老師から縁切寺の由来やら、時頼夫人の開基の事やら、どうしてそんな尼寺へ住むようになった訳やら、いろいろ聞いた。帰る時には玄関ま・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・水の粉やあるじかしこき後家の君尼寺や善き蚊帳垂るゝ宵月夜柚の花や能酒蔵す塀の内手燭して善き蒲団出す夜寒かな緑子の頭巾眉深きいとほしみ真結びの足袋はしたなき給仕かな宿かへて火燵嬉しき在処 後の形容詞を用・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・安寿が亡きあとはねんごろに弔われ、また入水した沼の畔には尼寺が立つことになった。 正道は任国のためにこれだけのことをしておいて、特に仮寧を申し請うて、微行して佐渡へ渡った。 佐渡の国府は雑太という所にある。正道はそこへ往って、役人の・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・この Hオテル Biron というのは、もと或る富豪の作った、贅沢な建物であるが、ついこの間まで聖心派の尼寺になっていた。Faubourg Saint-Germain の娘子供を集めて Sacrサクレエ-Coeur の尼達が、この間で讃美歌・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫