僕は昔から「人嫌い」「交際嫌い」で通って居た。しかしこれには色々な事情があったのである。もちろんその事情の第一番は、僕の孤独癖や独居癖やにもとづいて居り、全く先天的気質の問題だが、他にそれを余儀なくさせるところの、環境的な・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・おいらあ、一月娑婆に居りあ、お前さんなんかが、十年暮してるよりか、もっと、世間に通じちまうんだからね。何てったって、化けるのは俺の方が本職だよ。尻尾なんかブラ下げて歩きゃしねえからな。駄目だよ。そんなに俺の後ろ頭ばかり見てたって。ホラ、二人・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・曾て或る洋学者が妻を娶り、其妻も少し許り英語を解して夫婦睦じく家に居り、一人の老母あれども何事も相談せざるのみか知らせもせずに、夫婦の専断に任せて、母は有れども無きが如し。或るとき家の諸道具を片付けて持出すゆえ、母が之を見て其次第を嫁に尋ぬ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・即ち家に居り家族相互いに親愛恭敬して人生の至情を尽し、一言一行、誠のほかなくしてその習慣を成し、発して戸外の働きに現われて公徳の美を円満ならしむるものなり。古人の言に、忠臣は孝子の門に出ずといいしも、決して偶然にあらず。忠は公徳にして孝は私・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・「今朝もお噂さを致して居りましたところです。こんなによくおなりになろうとは実に思い懸けがなかったのです。まだそれでもお足がすこしよろよろしているようですが。」「足ですか、足は大丈夫ですヨ。すこし屠蘇に酔ってるんでしょう。時にきょうの飾りはひ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・○二、三年前に不折が使い古しの絵具を貰って、寝て居りながら枕元にある活花盆栽などの写生ということを始めてから、この写生が面白くて堪らないようになった。勿論寝て居ての仕事であるから一寸以上の線を思うように引くことさえ出来ぬので、その拙なさ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・その孔雀はたしかに空には居りました。けれども少しも見えなかったのです。たしかに鳴いておりました。けれども少しも聞えなかったのです。 そして私は本統にもうその三人の天の子供らを見ませんでした。 却って私は草穂と風の中に白く倒れている私・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・お主の細工ものの様な足が一寸も休まずに歩くのを見ると目の廻るほど私は気にかかる――精女 いつもいつも御親切さまに御気をつけ下さいましてほんとうにマア、厚く御礼は申しあげますが急いで居りますから――この山羊の乳を早くもって参らなくてはなり・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・姑く今数えた人の上だけを言って見ように、いずれも皆文を以て業として居る人々であって、僅に四迷が官吏になって居り、逍遥が学校の教員をして居る位が格外であった。独り予は医者で、しかも軍医である。そこで世間で我虚名を伝うると与に、門外の見は作と評・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・「私は七十にもなりまして、連れ合いも七十で死んで了いまして、息子も一人居りましたが死んで了いました。乞食をしますと警察が赦してくれませんし、どうぞ一つ此のタワシをお買いなすって下さいませ。私は金を持っておりましたが、連れ合いの葬式が十八・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫