・・・ただその中で聊か滑稽の観があったのは、読みかけた太平記を前に置いて、眼鏡をかけたまま、居眠りをしていた堀部弥兵衛が、眼をさますが早いか、慌ててその眼鏡をはずして、丁寧に頭を下げた容子である。これにはさすがな間喜兵衛も、よくよく可笑しかったも・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「今君が向うで居眠りをしているのを見たでしょう。あの男なぞは、あんなによく西郷隆盛に似ているではないですか。」「ではあれは――あの人は何なのです。」「あれですか。あれは僕の友人ですよ。本職は医者で、傍南画を描く男ですが。」「・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・でもそうすると亀の方が大きくなり過て、兎が居眠りしないでも亀の方が駈っこに勝そうだった。だから困っちゃった。 僕はどうしても八っちゃんに足らない碁石をくれろといいたくなった。八っちゃんはまだ三つですぐ忘れるから、そういったら先刻のように・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ほの赤き瞼の重げに見ゆるが、泣はらしたるとは風情異り、たとえば炬燵に居眠りたるが、うっとりと覚めしもののごとく涼しき眼の中曇を帯びて、見るに俤晴やかならず、暗雲一帯眉宇をかすめて、渠は何をか物思える。 根上りに結いたる円髷の鬢頬に乱れて・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・日を一杯に吸って、目の前の稲は、とろとろと、垂穂で居眠りをするらしい。 向って、外套の黒い裙と、青い褄で腰を掛けた、むら尾花の連って輝く穂は、キラキラと白銀の波である。 預けた、竜胆の影が紫の灯のように穂をすいて、昼の十日ばかりの月・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ふたりの子どもはこくりこくり居眠りをしてる。お光さんもさすがに心を取り直して、「まァかわいらしいこと、やっぱりこんなかわいい子の親はしあわせですわ」「よいあんばに小雨になった、さァ出掛けましょう」 雨は海上はるかに去って、霧のよ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・この人たちは、みんな疲れて居眠りをしています。けれど、汽車だけは休まずに走りつづけています。」と、下界のようすをくわしく知っている星は答えました。「よく、そう体が疲れずに、汽車は走れたものだな。」と、運命の星は、頭をかしげました。「・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・どこからともなく、柔らかな風が花のいい香りを送ってきますので、それをかいでいるうちに、門番はうとうとと居眠りをしていたのであります。 ちょうど、そのとき、みすぼらしいようすをした女の乞食がお城の内へ入ってきました。女の乞食は門番が居眠り・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・ やっと一里ばかりもくると、乞食の子は、わざと荷車の上で居眠りをするまねをした。男は、車引きの耳に口をつけて、なんでも道のわからないところへ連れていってくれるようにたのんだ。 やがてある町へくると、あちらから、ひろめ屋の行列がきた。・・・ 小川未明 「つばめと乞食の子」
・・・そんなことを気にかけながら石碑の礎に腰をかけて、うつむいていますと、いつか知らず、うとうとと居眠りをしました。かなたから、おおぜいの人のくるけはいがしました。見ると、一列の軍隊でありました。そして馬に乗ってそれを指揮するのは、かの青年であり・・・ 小川未明 「野ばら」
出典:青空文庫