・・・それは××胡同の社宅の居間に蝙蝠印の除虫菊が二缶、ちゃんと具えつけてあるからである。 わたしは半三郎の家庭生活は平々凡々を極めていると言った。実際その通りに違いない。彼はただ常子と一しょに飯を食ったり、蓄音機をかけたり、活動写真を見に行・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 夜ふけの二条の城の居間に直之の首を実検するのは昼間よりも反ってものものしかった。家康は茶色の羽織を着、下括りの袴をつけたまま、式通りに直之の首を実検した。そのまた首の左右には具足をつけた旗本が二人いずれも太刀の柄に手をかけ、家康の実検・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・ 修理は、止むを得ず、毎日陰気な顔をして、じっと居間にいすくまっていた。何をどうするのも苦しい。出来る事なら、このまま存在の意識もなくなしてしまいたいと思う事が、度々ある。が、それは、ささくれた神経の方で、許さない。彼は、蟻地獄に落ちた・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・何をしたか分りません、障子襖は閉切ってございましたっけ、ものの小半時経ったと思うと、見ていた私は吃驚して、地震だ地震だ、と極の悪い大声を立てましたわ、何の事はない、お居間の瓦屋根が、波を打って揺れましたもの、それがまた目まぐるしく大揺れに揺・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・もっともおはまは、出立という前の夜に、省作の居間にはいってきて、一心こめた面持ちに、「省さんが東京へ行くならぜひわたしも一緒に東京へ連れていってください」というのであった、省作は無造作に、「ウムおれが身上持つまで待て、身上持てば・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・八畳の奥は障子なしにすぐに居間であって、そこには、ちゃぶ台を据えて、そのそばに年の割合いにはあたまの禿げ過ぎた男と、でッぷり太った四十前後の女とが、酒をすませて、御飯を喰っている。禿げあたまは長火鉢の向うに坐って、旦那ぶっているのを見ると、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ ある日、娘は、聟や、家の人たちに、気づかれないように、ひそかに居間から抜け出たのであります。 川の流れているところまで、やっと落ちのびました。それから、その川について、だんだんと上ってゆきました。女の足で、道は、はかどりませんでし・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・そして、自分の居間に、かごにいれて懸けておかれました。小鳥は、じきにお姫さまになれてしまいました。しかし、小鳥も、自身の生まれた、遠い国のことをときどき、思い出すのでありましょう。かごの中のとまり木に止まって、遠くの青い、雲切れのした空をな・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・ A院長は、居間で、これから一杯やろうと思っていたのです。そこへはばかるような小さい跫音がして、取り次ぎの女中兼看護婦が入ってきて、「患者がみえましたが。」と、告げました。「だれだ? 初診のものか。」と、院長は、目を光らしました・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・しまいには半時間も掛って洗っているようになり、洗って居間へ戻る途中廊下で人にすれ違うと、また引き返して行って洗い直すのである。 おまけに結婚後十日目には、頭髪がすっかり抜けてしまい、つるつるの頭になったのでカツラを被った。時々人のいない・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫