・・・八畳の板の間には大きな焚火の炉が切ってあって、ここが台所と居間を兼ねた室である。その奥に真暗な四畳の寝間があった。その他には半坪の流し場があるきりで、押入も敷物もついてなかった。勾配のひどく急な茅屋根の天井裏には煤埃りが真黒く下って、柱も梁・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・』と僕はいきなり母の居間に突入しました。里子は止める間もなかったので僕に続いて部屋に入ったのです。僕は母の前に座るや、『貴女は私を離婚すると里子に言ったそうですが、其理由を聞きましょう。離婚するなら仕ても私は平気です。或は寧ろ私の望む処・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 大津は梅子の案内で久しぶりに富岡先生の居間、即ち彼がその昔漢学の素読を授った室に通った。無論大学に居た時分、一夏帰省した時も訪うた事はある。 老漢学者と新法学士との談話の模様は大概次の如くであった。「ヤア大津、帰省ったか」・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・細工場、それは土間になっているところと、居間とが続いている、その居間の端、一段低くなっている細工場を、横にしてそっちを見ながら坐ったのである。仕方がない、そこへ茶をもって行った。熱いもぬるいも知らぬような風に飲んだ。顔色が冴えない、気が何か・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・庭の花畠に接した閑静な居間だ。そこだけは先生の趣味で清浄に飾り片附けてある。唐本の詩集などを置いた小机がある。一方には先の若い奥さんの時代からあった屏風も立ててある。その時、先生は近作の漢詩を取出して高瀬に見せた。中棚鉱泉の附近は例の別荘へ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 彼女の旧の居間へ行って見た。今は親しい客でも有る時に通す特別な応接間に用いている。そこだけは、西洋風にテーブルを置いて、安楽椅子に腰掛けるようにしてある。大塚さんはその一つに腰掛けて見た。 可傷しい記憶の残っているのも、その部・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・土間へはいると、左手は馬小屋で、右手は居間と台所兼用の板敷の部屋で大きい炉なんかあって、まあ、圭吾の家もだいたいあれ式なのです。 嫁はまだ起きていて、炉傍で縫い物をしていました。「ほう、感心だのう。おれのうちの女房などは、晩げのめし・・・ 太宰治 「嘘」
・・・僕は玄関の三畳間をとおって、六畳の居間へはいった。この夫婦は引越しにずいぶん馴れているらしく、もうはや、あらかた道具もかたづいていて、床の間には、二三輪のうす赤い花をひらいているぼけの素焼の鉢が飾られていた。軸は、仮表装の北斗七星の四文字で・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・両親の居間の襖をするするあけて、敷居のうえに佇立すると、虫眼鏡で新聞の政治面を低く音読している父も、そのかたわらで裁縫をしている母も、顔つきを変えて立ちあがる。ときに依っては、母はひいという絹布を引き裂くような叫びをあげる。しばらく私のすが・・・ 太宰治 「玩具」
・・・そして意気な女と遊ぶ夜を、寂しい我居間に閉じ籠っていて、書きものをした。 * * * 銀行員は遠く、いよいよ遠く故郷の空を離れて、見馴れぬ物という物を見て歩く。言い附けられた事は、きち・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫