・・・たとえば家出して船乗りになった一人むすこからの最初の手紙が届いたときに、友だちの手前わざとふくれっ面をして見せたり、居間へ引っ込んでからあわててその手紙を読もうとしてめがねを落として割ったりする場面の彼一流の細かい芸は、臭みもあるかもしれな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・宅の台所で骨を折ってせいぜいうまく出したコーヒーを、引き散らかした居間の書卓の上で味わうのではどうも何か物足りなくて、コーヒーを飲んだ気になりかねる。やはり人造でもマーブルか、乳色ガラスのテーブルの上に銀器が光っていて、一輪のカーネーション・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・おりて来て見ると、三毛は居間の縁の下で、土ぼこりにまみれたねずみ色の団塊を一生懸命でなめころがしていた。それはほとんど生きているとは思われない海鼠のような団塊であったが、時々見かけに似合わぬ甲高いうぶ声をあげて鳴いていた。 三毛は全く途・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・翌朝出入の鳶の者や、大工の棟梁、警察署からの出張員が来て、父が居間の縁側づたいに土足の跡を検査して行くと、丁度冬の最中、庭一面の霜柱を踏み砕いた足痕で、盗賊は古井戸の後の黒板塀から邸内に忍入ったものと判明した。古井戸の前には見るから汚らしい・・・ 永井荷風 「狐」
・・・父はわたくしに裏手の一室を与えて滞留中の居間にさせられた。この室にはベランダはなかったが、バルコンのついた仏蘭西風の窓に凭ると、芝生の向に事務所になった会社の建物と、石塀の彼方に道路を隔てて日本領事館の建物が見える。その頃には日本の租界はな・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・そこだけ椅子のあるふき子の居間で暮すのだが、彼等は何とまとまった話がある訳でもなかった。ふき子が緑色の籐椅子の中で余念なく細かい手芸をする、間に、「この辺花なんか育たないのね、山から土を持って来たけれどやっぱり駄目だってよ」などと話・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 卓子に肱をつき、ぼんやりしていた彼は、悠々立って居間に入って仕舞った。 さほ子は良人には行かれ、一方からは千代のあでやかな白い顔が現れるのを見ると、愈々進退谷まった顔になった。彼女は、真正面に目を据え、上気せ上った早口で、昨夜良人・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 家の内部は入口に土間がありまして、その次ぎに居間があります。この土間は畑に出来るいろいろな作物を収穫る時使うので、何処でも可成り広く取ってあります。居間は以前は地べたに敷物を敷いたばかりでしたが、此頃では大抵の家で低い床を張っているよ・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・そこを通り抜けて、唐紙を開けると、居間である。 机が二つ九十度の角を形づくるように据えて、その前に座布団が鋪いてある。そこへ据わって、マッチを擦って、朝日を一本飲む。 木村は為事をするのに、差当りしなくてはならない事と、暇のある度に・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・四月二十八日にはそれまで館の居間の床板を引き放って、土中に置いてあった棺を舁き上げて、江戸からの指図によって、飽田郡春日村岫雲院で遺骸を荼だびにして、高麗門の外の山に葬った。この霊屋の下に、翌年の冬になって、護国山妙解寺が建立せられて、江戸・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫