・・・神経衰弱の八割までは眼の屈折異常と関係があるという説を成す医者もあるくらいだから――、とこんな風に僕は我田引水し、これも眼の良い杉山平一などとグルになって、他の眼鏡の使用を必要とする友人を掴えて、さも大発見のようにこの説を唱えて、相手をくさ・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・これはこれらの物質がその周囲の空気と光学的密度を異にしているためにその境界面で光線を反射し屈折するからであって、たとえその物質中を通過する間に光のエネルギーが少しも吸収されず、すなわち完全に「透明」であっても立派に明白に顕著に「見える」こと・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 光の反射屈折に関する基礎法則を本当によく呑込ませることに全力を集注し、そうしてそれを解説するに最適切な二、三の実例を身にしみるように理解させれば、その余の複雑な光学器械などは、興味さえあらば手近な本や雑誌を見てひとりで分かることである・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・所謂文学的な辞句の努力や文学的感情と云われているものやへの人為的な屈折なしに、すっきりとした高い人間らしい美を示している。科学者の文筆活動の示し得る望ましい美は、こういう統一の姿においてではなかろうか。今日の科学の可能と明日の科学のために未・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ 満州事変が昭和六年九月に勃発したことは、以来引つづいて今日に及んでいる日本の全社会生活の大変動の発端をなしているが、婦選運動の流れは、ここにおいて歴史的屈折をよぎなくされている。 従来欠かさず提出されていた婦選案、廃娼案が昭和八年・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・文学は、自身の母胎である社会のそのような若さの特徴からもたらされるよろこびと悲しみの全部を、その肉体のあらゆる屈折で語りつつ、明日へ前進しなければならないのである。 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・時にはテーマの屈折角度から、時には黙々たる行と行との飛躍の度から、時には筋の進行推移の逆送、反覆、速力から、その他様々な触発状態の姿がある。未来派は心象のテンポに同時性を与える苦心に於て立体的な感覚を触発させ、従って立体派の要素を多分に含み・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・争う色彩の尖影が、屈折しながら鏡面で衝撃した。「陛下、お気が狂わせられたのでございます。陛下、お放しなされませ」 しかし、ナポレオンの腕は彼女の首に絡まりついた。彼女の髪は金色の渦を巻いてきらきらと慄えていた。ナポレオンの残忍性はル・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・毛の生えた太股は、魚の波の中を右往左往に屈折した。鯛は太股に跨られたまま薔薇色の女のように観念し、鮪は計画を貯えた砲弾のように、落ちつき払って並んでいた。時々突っ立った太股の林が揺らめくと、射し込んだ夕日が、魚の波頭で斬りつけた刃のように鱗・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・やがてそれを追いかけるように低い大きい合唱が始まる。屈折の少ない、しかし濃淡の細やかなそのメロディーは、最初の独唱によってまた身震いを感じないでいられなかった我々の祖先の心を、大きい融け合った響きの海の内に流し込む。苦しいほどの緊張は快い静・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫