・・・深い樹立のなかには教会の尖塔が聳えていたり、外国の公使館の旗がヴィラ風な屋根の上にひるがえっていたりするのが見えた。しかしその谷に当ったところには陰気なじめじめした家が、普通の通行人のための路ではないような隘路をかくして、朽ちてゆくばかりの・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 戸数五百に足らぬ一筋町の東の外れに石橋あり、それを渡れば商家でもなく百姓家でもない藁葺き屋根の左右両側に建ち並ぶこと一丁ばかり、そこに八幡宮ありて、その鳥居の前からが片側町、三角餅の茶店はこの外れにあるなり。前は青田、青田が尽きて塩浜・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 板壁の釘が腐って落ちかけた木造の家に彼等は住んでいた。屋根は低かった。家の周囲には、藁やごみを散らかしてあった。 処々に、うず高く積上げられた乾草があった。 荷車は、軒場に乗りつけたまま放ってあった。 室内には、古いテーブ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・それを四枚、舟の表の間の屋根のように葺くのでありますから、まことに具合好く、長四畳の室の天井のように引いてしまえば、苫は十分に日も雨も防ぎますから、ちゃんと座敷のようになるので、それでその苫の下即ち表の間――釣舟は多く網舟と違って表の間が深・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・が、プルドーンが、そんな時屋根の上にあがり、星を眺め、気を沈め、しばらくそうしてから室に帰り眠るということをきいて、同感だった。同じ気持の人がいるかと思うとうれしかった。 彼は顫えがとまらなかった。何度も室の中を行ったり来たりした。彼は・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・觀世善九郎という人が鼓を打ちますと、台所の銅壺の蓋がかたりと持上り、或は屋根の瓦がばら/\/\と落ちたという、それが為瓦胴という銘が下りたという事を申しますが、この七兵衞という人は至って無慾な人でございます。只宅にばかり居まして伎の事のみを・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「だって、七年も雨露をしのいで来た屋根の下じゃないか。」 と私は言ってみせた。 煤けた障子の膏薬張りを続けながら、私はさらに言葉をつづけて、「ホラ、この前に見て来た家サ。あそこはまるで主人公本位にできた家だね。主人公さえよけ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・わが心は依然として空虚な廃屋のようで、一時凌ぎの手入れに、床の抜けたのや屋根の漏るのを防いでいる。継ぎはぎの一時凌ぎ、これが正しく私の実行生活の現状である。これを想うと、今さらのように armer Thor の嘆が真実であることを感ずる。・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです。その戸口には錠がかかっています。双親は、どうしてこんな家がひょっこり建ったのだろうとふしぎでたまりませんでした。ウイリイは、「こ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・なぜというと、向こうには赤い屋根と旗が見えますし、道の両側には白あじさいと野薔薇が恋でもしているように二つずつならんで植わっていましたから。 むすめもひとりで歩けました。しかして手かごいっぱいに花を摘み入れました。聖ヨハネ祭の夜宮には人・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫