・・・二つの溪の間へ楔子のように立っている山と、前方を屏風のように塞いでいる山との間には、一つの溪をその上流へかけて十二単衣のような山褶が交互に重なっていた。そしてその涯には一本の巨大な枯木をその巓に持っている、そしてそのためにことさら感情を高め・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・湯気が屏風のように立騰っていて匂いが鼻を撲った――自分はしみじみした自分に帰っていた。風呂屋の隣りの天ぷら屋はまだ起きていた。自分は自分の下宿の方へ暗い路を入って行った。 梶井基次郎 「泥濘」
・・・そしてある日、屏風のように立ち並んだ樫の木へ鉛色の椋鳥が何百羽と知れず下りた頃から、だんだん霜は鋭くなってきた。 冬になって堯の肺は疼んだ。落葉が降り留っている井戸端の漆喰へ、洗面のとき吐く痰は、黄緑色からにぶい血の色を出すようになり、・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・川を隔てて遥彼方には石尊山白雲を帯びて聳え、眼の前には釜伏山の一トつづき屏風なして立つらなれり。折柄川向の磧には、さしかけ小屋して二、三十人ばかりの男打集い、浅瀬の流れを柵して塞き、大きなる簗をつくらんとてそれそれに働けるが、多くは赤はだか・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・女は其意を得て屏風を遶り、奥の方へ去り、主人は立っても居られず其便に坐した。 やがて女は何程か知れぬが相当の金銀を奉書を敷いた塗三宝に載せて持て来て男の前に置き、「私軽忽より誤って御足を留め、まことに恐れ入りました。些少にはござりま・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・一方には先の若い奥さんの時代からあった屏風も立ててある。その時、先生は近作の漢詩を取出して高瀬に見せた。中棚鉱泉の附近は例の別荘へ通う隠れた小径から対岸の村落まで先生の近作に入っていた。その年に成るまで真実に落着く場所も見当らなかったような・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 書生が出て行った後、大塚さんはその部屋の内を歩いて、そこに箪笥が置いてあった、ここに屏風が立て廻してあった、と思い浮べた。襖一つ隔てて直ぐその次にある納戸へも行って見た。そこはおせんが鏡に向って髪をとかした小部屋だ。彼女の長い着物・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・生のよろこび、青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々しきを、夜も更けたり、またの日にこそ、と約した、またの日、ああ、香煙濛々の底、仏間の奥隅、屏風の陰、白き四角の布切れの下、鼻孔には・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ 金屏風立てて在る奥の二階の部屋に案内された。割烹店は、お寺のように、シンとしていた。滝の音ばかり、いやに大きく響いていた。「ごはんを食べるのだ。」私は座蒲団に大きく、あぐらかいて坐り、怒ったようにして、また言った。ばかにされまいと・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・と我知らず口に出して言って、五、六間無意識にてくてくと歩いていくと、ふと黒い柔かい美しい春の土に、ちょうど金屏風に銀で画いた松の葉のようにそっと落ちているアルミニウムの留針。 娘のだ! いきなり、振り返って、大きな声で、 「もし・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫