・・・人生の展望は少しも利かない。 機智 機智とは三段論法を欠いた思想であり、彼等の所謂「思想」とは思想を欠いた三段論法である。 又 機智に対する嫌悪の念は人類の疲労に根ざしている。 政治家・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・中隊長は展望のため、木の上に登っていられたのであります。――その中隊長が木の上から、掴まえろと私に命令されました。」「ところが私が捉えようとすると、そちらの男が、――はい。その髯のない男であります。その男が急に逃げようとしました。……」・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・や「改造」や「新生」や「展望」がどうして武田さんの新しい小説を取らないのかと、口惜しがっていた。私は誇張して言えば、毎日の新聞の雑誌広告の中に武田さんの名を見つけようとして、眼を皿にしていた。そして、見つけたのは「武田麟太郎三月卅一日朝急逝・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
私は散歩に出るのに二つの路を持っていた。一つは渓に沿った街道で、もう一つは街道の傍から渓に懸った吊橋を渡って入ってゆく山径だった。街道は展望を持っていたがそんな道の性質として気が散り易かった。それに比べて山径の方は陰気では・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・彼はそのせせこましい展望を逃れて郊外へ移った。そこは偶然にも以前住んだことのある町に近かった。霜解け、夕凍み、その匂いには憶えがあった。 ひと月ふた月経った。日光と散歩に恵まれた彼の生活は、いつの間にか怪しい不協和に陥っていた。遠くの父・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・なんの拘りもしらないようなその老人に対する好意が頬に刻まれたまま、峻はまた先ほどの静かな展望のなかへ吸い込まれていった。――風がすこし吹いて、午後であった。 一つには、可愛い盛りで死なせた妹のことを落ちついて考えてみたいという若者め・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・一つの窓は樹木とそして崖とに近く、一つの窓は奥狸穴などの低地をへだてて飯倉の電車道に臨む展望です。その展望のなかには旧徳川邸の椎の老樹があります。その何年を経たとも知れない樹は見わたしたところ一番大きな見事なながめです。一体椎という樹は梅雨・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・道は小暗い谿襞を廻って、どこまで行っても展望がひらけなかった。このままで日が暮れてしまってはと、私の心は心細さでいっぱいであった。幾たびも飛び出す樫鳥は、そんな私を、近くで見る大きな姿で脅かしながら、葉の落ちた欅や楢の枝を匍うように渡って行・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 展望の北隅を支えている樫の並樹は、ある日は、その鋼鉄のような弾性で撓ない踊りながら、風を揺りおろして来た。容貌をかえた低地にはカサコソと枯葉が骸骨の踊りを鳴らした。 そんなとき蒼桐の影は今にも消されそうにも見えた。もう日向とは思え・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ そこを過ぎると道は切り立った崖を曲がって、突如ひろびろとした展望のなかへ出る。眼界というものがこうも人の心を変えてしまうものだろうか。そこへ来ると私はいつも今が今まで私の心を占めていた煮え切らない考えを振るい落としてしまったように感じ・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
出典:青空文庫