・・・お犬とは狼のことなり。山口の村に近き二ツ石山は岩山なり、ある雨の日、小学校より帰る子どもこの山を見るに、処々の岩の上にお犬うずくまりてあり。やがて首を下より押上ぐるようにしてかわるがわる吠えたり。正面より見れば生れ立ての馬の子ほどに見ゆ、後・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・「むこうの山口の大林から下りて来るんでございます。」 言の中にも顕われる、雪の降りやんだ、その雲の一方は漆のごとく森が黒い。「不断のことではありませんが、……この、旦那、池の水の涸れるところを狙うんでございます。鯉も鮒も半分鰭を・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・西鶴の読み方は、故山口剛氏の著書より多くを得た。都新聞の書評で私のこの書を酷評した人があるが、私はその人たちよりは西鶴を知っている積りである。西鶴とスタンダールが似ていることを最初に言ったのは私であるが、これは他日詳しく論ずる。ただ、ここで・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・「石塚や、山口なんぞ、こんな風にして、×××ちまったんだ。」大西という上等兵が云った。「やっぱし、あれは本当だろうかしら?」「本当だよ。×××××××××××××××××××。」 やがて、彼等は、まだぬくもりが残っている豚を、丸・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・兄の新妻の弟、山口定雄がワセダ独文で『鼻』という同人雑誌を出していましたので、彼に頼み、鼻の一員にして貰い、一作を載せたのが、昨年の暮なのです。『鼻』に嫌気がさしていた山口を誘い、彼の親友、岡田と大体の計画をきめてから、ぼくは先ず神崎、森の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・また一方山口珪次君の単晶のすべり面の研究なども合わせて参照さるべきものと思われる。また未発表ではあるが池田芳郎君の注意されたガラス管の内部的歪による破壊の現象などもこの部類に属するもので、そこにもおもしろいわれ目の週期性が現われるのである。・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・僕の幼友だちで今、名を知られている人は、山口弘一という人だけだ。この人はたしか学習院の先生かなんかしていられるということだ。くわしくは知らぬ。 そのうちに僕は中学へはいったが、途中でよしてしまって、予備門へはいる準備のため駿河台にそのこ・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・それから暫く山口の高等学校にいたが、遂に四高の独語教師となって十年の歳月を過した。金沢にいた十年間は私の心身共に壮な、人生の最もよき時であった。多少書を読み思索にも耽った私には、時に研究の便宜と自由とを願わないこともなかったが、一旦かかる境・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・正月二日に山口県の田舎へ行って、宮本の母を東京につれて来て、面会を要求し、やっと生きている姿をたしかめた。以来十二年間宮本の獄中生活がつづいた。一月十五日には私も検挙された。その切迫した数日のうちに、苦しい涙が凝りかたまって一粒おちたという・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・はじめて登って来た日に、私はそれをすこし買って、山口にいる良人のお父さんのところへ送った。ふと自分の父にも買ってやったらと思い、もういないのだと思ったら、胸のところがきつく、変な気持がした。 松葉茶をのんでいるのだろうが、この茶屋の隠居・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
出典:青空文庫