・・・悦気面に満ちて四百五百と入り揚げたトドの詰りを秋子は見届けしからば御免と山水と申す長者のもとへ一応の照会もなく引き取られしより俊雄は瓦斯を離れた風船乗り天を仰いで吹っかける冷酒五臓六腑へ浸み渡りたり それつらつらいろは四十七文字を按ずる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 池へ山水の落ちるのが幽かに聞える。小母さんはいつしか顔を出してすやすやと眠っている。大根を引くので疲れたのかもしれない。小母さんの静かな寝顔をじっと見ていると、自分もだんだんに瞼が重くなる。 千鳥の話は一と夜明ける。 自分・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ つまりそれまでのスワは、どうどうと落ちる滝を眺めては、こんなに沢山水が落ちてはいつかきっとなくなって了うにちがいない、と期待したり、滝の形はどうしてこういつも同じなのだろう、といぶかしがったりしていたものであった。 それがこのごろ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・見なかった美しい山水や、失われた可能と希望との思いが彼を悩ます。よし現存の幸福が如何に大きくとも、この償い難き喪失の感情は彼に永遠の不安を与える。」というような文章があったけれども、そのしなかった悔いを噛みたくないばかりに、のこのこ佐渡まで・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・床の間には春蘭の鉢が置かれて、幅物は偽物の文晃の山水だ。春の日が室の中までさし込むので、実に暖かい、気持ちが好い。机の上には二、三の雑誌、硯箱は能代塗りの黄いろい木地の木目が出ているもの、そしてそこに社の原稿紙らしい紙が春風に吹かれている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・少なくもアメリカの百万長者がアルプスの空気と光線に健康とエネルギーを求めて歩く間に、多くの日本人の観光客はそのほかにおまけとして山水の美の中から日本人らしい詩を拾って歩くであろう。そうして、もう一つのおみやげには思い思いのカメラの目にアルプ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・その上に、冬のモンスーンは火事をあおり、春の不連続線は山火事をたきつけ、夏の山水美はまさしく雷雨の醸成に適し、秋の野分は稲の花時刈り入れ時をねらって来るようである。日本人を日本人にしたのは実は学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
九月二十九日。二時半上野発。九時四十三分仙台着。一泊。翌朝七時八分青森行に乗る。 仙台以北は始めての旅だから、例により陸地測量部二十万分の一の地図を拡げて車窓から沿路の山水の詳細な見学をする。北上川沿岸の平野には稲が一・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・然るに近代の多数の南画家の展覧会などに出した作品例えば御定まりの青緑山水のごときものを見ると、山の形、水の流れ、一草一木の細に至るまで実に一点の誤りもない規則ずくめに出来ている。そして全体の感じはどうであるかというと自分はちょうど主和絃ばか・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 日本の山水美が火山に負うところが多いということは周知のことである。国立公園として推された風景のうちに火山に関係したもののはなはだ多いということもすでに多くの人の指摘したところである。火山はしばしば女神に見立てられる。実際美しい曲線美の・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫