・・・風呂場の手桶には山百合が二本、無造作にただ抛りこんであった。何だかその匂や褐色の花粉がべたべた皮膚にくっつきそうな気がした。 多加志はたった一晩のうちに、すっかり眼が窪んでいた。今朝妻が抱き起そうとすると、頭を仰向けに垂らしたまま、白い・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・私、山百合を買って来て、早く咲くのを見ようと思って、莟を吹いて、ふくらましていたんですよ、水を遣って下さいな……それから。早瀬 (うつむいて頷いてのみいる、堪俺も世帯を持っちゃいないよ。お前にわかれて、何の洒落に。お蔦 まあ、どうし・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 何に話がうまいって、どうして話どころでなかった、積っても見ろ、姪子甥子の心意気を汲んでみろ、其餅のまずかろう筈があるめい、山百合は花のある時が一番味がえいのだそうだ、利助は、次手があるからって、百合餅の重箱と鎌とを持っておれを広福寺の・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・私にとって鎌倉といえば、海岸より寧ろ幾重にも重なって続く山々――樹木の繁った、山百合の咲く――が、思い出されるぐらい。その山々は、高くない。円みを帯びている。それにも拘らず、その峰から峰へと絶えない起伏の重なりのせいか、或は歴史的の連想によ・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫