・・・……行暮れた旅人が灯をたよるように、山賊の棲でも、いかさま碁会所でも、気障な奴でも、路地が曲りくねっていても、何となく便る気が出て。――町のちゃら金の店を覗くと、出窓の処に、忠臣蔵の雪の夜討の炭部屋の立盤子を飾って、碁盤が二三台。客は居ませ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ とそれならぬ、姉様が、山賊の手に松葉燻しの、乱るる、揺めく、黒髪までが目前にちらつく。 織次は激くいった。「平吉、金子でつく話はつけよう。鰯は待て。」 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 芸妓の化けものが、山賊にかわったのである。 寝る時には、厚衾に、この熊の皮が上へ被さって、袖を包み、蔽い、裙を包んだのも面白い。あくる日、雪になろうとてか、夜嵐の、じんと身に浸むのも、木曾川の瀬の凄いのも、ものの数ともせず、酒の血・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・磴たるや、山賊の構えた巌の砦の火見の階子と云ってもいい、縦横町条の家ごとの屋根、辻の柳、遠近の森に隠顕しても、十町三方、城下を往来の人々が目を欹れば皆見える、見たその容子は、中空の手摺にかけた色小袖に外套の熊蝉が留ったにそのままだろう。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・馬琴が聖嘆の七十回本『水滸伝』を難じて、『水滸』の豪傑がもし方臘を伐って宋朝に功を立てる後談がなかったら、『水滸伝』はただの山賊物語となってしまうと論じた筆法をそのまま適用すると、『八犬伝』も八犬具足で終って両管領との大戦争に及ばなかったら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・『まるで山賊のようだ!、』と今井の叔父さんがその太い声で笑いながら怒鳴った。なるほど、一同の様子を見ると尋常でない。各粗末なしかも丈夫そうな洋服を着て、草鞋脚絆で、鉄砲を各手に持って、いろんな帽子をかぶって――どうしても山賊か一揆の夜討・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ われは山賊。うぬが誇をかすめとらむ。「よもやそんなことはあるまい、あるまいけれど、な、わしの銅像をたてるとき、右の足を半歩だけ前へだし、ゆったりとそりみにして、左の手はチョッキの中へ、右の手は書き損じの原稿をにぎりつぶし、・・・ 太宰治 「葉」
・・・ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。「待て。」「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・路を扼する侍は武士の名を藉る山賊の様なものである。期限は三十日、傍の木立に吾旗を翻えし、喇叭を吹いて人や来ると待つ。今日も待ち明日も待ち明後日も待つ。五六三十日の期が満つるまでは必ず待つ。時には我意中の美人と共に待つ事もある。通り掛りの上臈・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ むきだしな花道の端れでは、出を待っている山賊の乾児が酔った爺にくどくど纏いつかれている。眼隈を黒々ととり、鳥肌立って身震いしながら「いやだよ、うるさい」とすねていた女は、チョン、木が入ると急に、「御注進! 御注進!」と男の声を・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
出典:青空文庫