自分は、大川端に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。幼い時から、中学を卒業するまで、自分はほとんど毎日のように、あの・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・ ああ、人間に恐れをなして、其処から、川筋を乗って海へ落ち行くよ、と思う、と違う。 しばらく同じ処に影を練って、浮いつ沈みつしていたが、やがて、すいすい、横泳ぎで、しかし用心深そうな態度で、蘆の根づたいに大廻りに、ひらひらと引き返す・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・蘆の穂に、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々と汐が満ちたのである。水は光る。 橋の袂にも、蘆の上にも、随所に、米つき虫は陽炎のごとくに舞って、むらむらむらと下へ巻き下っては、トンと上って、むらむらとまた舞いさがる。・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 惜いかな、阿武隈川の川筋は通らなかった。が、県道へ掛って、しばらくすると、道の左右は、一様に青葉して、梢が深く、枝が茂った。一里ゆき、二里ゆき、三里ゆき、思いのほか、田畑も見えず、ほとんど森林地帯を馳る。…… 座席の青いのに、濃い・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・それが、敵に見られん様に、敵の刈り残した高黍畑の中を這う様にして前進し、一方に小山を楯にした川筋へ出た。川は水がなかったんで、その川床にずらりと並んで敵の眼を暗ました。鳥渡でも頸を突き出すと直ぐ敵弾の的になってしまう。昼間はとても出ることが・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・その間に秘密警察署の手で、今朝から誰があの川筋を通ったということを探りました。ベルリン中のホテルへ電話で問い合されました。ロシア人で宿泊しているものはないかと申すことで。」「なぜロシア人というのだろう」と、おれは切れぎれに云った。「・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 一通遊泳術の免許を取ってしまった後は全く教師の監督を離れるので、朝早く自分たちは蘆のかげなる稽古場に衣服を脱ぎ捨て肌襦袢のような短い水着一枚になって大川筋をば汐の流に任して上流は向島下流は佃のあたりまで泳いで行き、疲れると石垣の上に這・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・雨の降りそうな日には川筋の眺めのかすみわたる面白さに、散策の興はかえって盛になる。 清洲橋という鉄橋が中洲から深川清住町の岸へとかけられたのは、たしか昭和三年の春であろう。この橋には今だに乗合自動車の外、電車も通らず、人通りもまたさして・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 野宿第一夜四月二十日の午后四時頃、例の楢ノ木大学士が「ふん、この川筋があやしいぞ。たしかにこの川筋があやしいぞ」とひとりぶつぶつ言いながら、からだを深く折り曲げて眼一杯にみひらいて、足もとの砂利・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫