・・・自分は士官室で艦長始め他の士官諸氏と陛下万歳の祝杯を挙げた後、準士官室に回り、ここではわが艦長がまだ船に乗らない以前から海軍軍役に服していますという自慢話を聞かされて、それからホールへまわった。 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにし・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・此外を回りて四つの河あり。北より南へ富士河、西より東へ早河、此は後也。前に西より東へ波木井河の中に一つの滝あり、身延河と名づけたり。中天竺の鷲峰を此処に移せるか。はた又漢土の天台山の来れるかと覚ゆ。此の四山四河の中に手の広さ程の平らかなる処・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・金廻りの良かった時には、鰯網に手を出したこともある。が昔から自作農であったことに変りはない。祖父は商売気があって、いろ/\なことに手を出して儲けようとしたらしいが、勿論、地主などに成れっこはなかった。 親爺は、十三歳の時から一人前に働い・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・君の熔金の廻りがどんなところで足る足らぬが出来るのも同じことである。万一異なところから木理がハネて、釣合を失えば、全体が失敗になる。御前でそういうことがあれば、何とも仕様は無いのだ。自分の不面目はもとより、貴人のご不興も恐多いことでは無いか・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 用意が出来ると、この床屋さんが後に廻りながら、「バリカンで、ジョキ/\やってしまうぜ。」 と云った。 それは分っていて……しかし云われてみると、矢張りギョッとした。「頼む! 少しは長くしておいてくれよ。」「こゝン中・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・び焼けついた腐れ縁燃え盛る噂に雪江お霜は顔見合わせ鼠繻珍の煙草入れを奥歯で噛んで畳の上敷きへ投りつけさては村様か目が足りなんだとそのあくる日の髪結いにまで当り散らし欺されて啼く月夜烏まよわぬことと触れ廻りしより村様の村はむら気のむら、三十前・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・と、次郎なぞが言ってくれる日を迎えても、ただただ私の足は家の周囲を回りに回った。あらゆる嵐から自分の子供を護ろうとした七年前と同じように。「旦那さん。もうお帰りですか。」 と言って、下女のお徳がこの私を玄関のところに迎えた。お徳の白・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 王女は部屋々々の戸へ一つ一つ鍵をかけて廻りました。それから一ばんしまいに、入口の門へも錠前を下しました。そして、それだけの鍵をみんな持って、ウイリイと一しょにお城を立ちました。 二人は長い長い道を歩いて、やっと海ばたへ着きました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ とやはり私が、はじめからこうしてかえって来るのを見越して、このお店に先廻りして待っていたもののように考えているらしい口振りでしたから、私は笑って、「ええ、そりゃもう」 とだけ、答えて置きましたのです。 その翌る日からの私の・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・それどころか、冬の寒い夕暮れ、わざわざ廻り路をしてその女の家を突き留めたことがある。千駄谷の田畝の西の隅で、樫の木で取り囲んだ奥の大きな家、その総領娘であることをよく知っている。眉の美しい、色の白い頬の豊かな、笑う時言うに言われぬ表情をその・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫