・・・そう言えばすりこぎでとろろをすっているのなどを見ても、どうもやはり手首の運用で巧拙が別れるような気がする。 ところが、手首にもやはり人によって異なる個性のあるものだという事実をある偶然な機会によって発見した。それは、セロの曲中に出て来る・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・その利器の使い方の巧拙はその画家の技能を評価する目標の一つになるが、それよりも重大な標準は、それによって表わすべきものの、真の種類や程度にある事は勿論である。科学者がその方則を述べる字句の巧拙や運算の器用不器用は必ずしもその方則の価値と比例・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆を塗てその品位を増す者あり、或は戸障子等を作て本職の大工と巧拙を争う者あり、しかのみならず、近年に・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・けれども形似は絵の巧拙に拘らぬという論でもってその驚きを打ち消してしもうた。その後不折君と共に『小日本』に居るようになって毎日位顔を合すので、顔を合すと例の画論を始めて居た。この時も僕は日本画崇拝であったからいう事が皆衝突する。僕が富士山は・・・ 正岡子規 「画」
・・・想うに蕪村は誤字違法などは顧みざりしも、俳句を練る上においては小心翼々として一字いやしくもせざりしがごとし、古来文学者のなすところを見るに、多くは玉石混淆せり、なすところ多ければ巧拙両つながらいよいよ多きを見る。杜工部集のごときこれなり。蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・勿論看病のしかたは自分の気にくわぬので、口論もしたり喧嘩もしたり、それがために自分は病床に煩悶して生きても死んでも居られんというような場合が少くはないが、それは看病の巧拙のことで、いずれにした所で家族の者の苦しさは察するに余りがあるのである・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫