・・・法 そのためで経典を誦する事がいこう巧者になりまいてのう――まんざらそんばかりもまいらなんだがまだしもの事―― ま! とどのつまり船は畑ではよう漕げぬと申す事さえ世の中の人すべてが存ずればよいのでの。王 じゃと申して水と陸に・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・わたしたちの文学的成長のために、ひとの書いた小説を十冊、二十冊とよんで、巧者な批評をするということと、たった二枚だけれども生活と文学についての文章を読者にのみこめるような具体性で書いてみることとの間には、案外深刻な違いがあるものです。勤労階・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
・・・それに遊芸が巧者で、ことに笛を上手に吹いた。 ある時信康は物詣でに往った帰りに、城下のはずれを通った。ちょうど春の初めで、水のぬるみ初めた頃である。とある広い沼のはるか向うに、鷺が一羽おりていた。銀色に光る水が一筋うねっている側の黒ずん・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・一体あんなに飽くまで身綺麗にして、巧者に着物を着こなしているのに、なぜ芸者らしく見えないのだろう。そんならあの姿が意気な奥様らしいと云おうか。それも適当ではない。どうも僕にはやはりさっき這入った時の第一の印象が附き纏っていてならない。それは・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫