・・・私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・静子夫人には、鼻であしらわれ、取巻きの研究生たちにさえ、天才の敵として攻撃せられ、その上、持っていたお金をみんな巻き上げられた。三度おとずれたが、三度とも同じ憂目に逢った。もういまでは、草田氏も覚悟をきめている。それにしても、玻璃子が不憫で・・・ 太宰治 「水仙」
・・・各国の国旗で通風管や巻き上げ器械などを包みかくし、手すりにも旗を掛け連ねた。赤、青、緑、いろいろの電球をズックの天井の下につるし並べてイルミネーションをやる。一等室のほうからも燕尾服の連中がだんだんにやってくる。女も美しい軽羅を着てベンチへ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・まだポトリ ポトリ 雨のしずくがトタン屋根にしたたっているが、前の瓦屋根越に見えるよその排気筒はしずかにゆるやかにまわって、蠅が 巻き上げた簾のところで かたまってとびまわっている。柿の花が目にとまった。見るととなりの庭の土の上に いくらか・・・ 宮本百合子 「無題(十)」
出典:青空文庫