・・・が取り除かれない限り、将来日本でほんとうに世界的な映画の作られる見込みもまたはなはだ希薄であろうと思われるのである。この事情はいつまで持続するか。これは実に単に映画界だけの問題ではなくて、日本の文化一般の将来に係わる実にだいじな一問題ではな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかしユダヤ人というものの概念のはなはだ希薄な日本人には、おそらくこの映画の本来のねらいどころは感ぜられないであろうし、あるいはかえってそのおかげで日本人にはいやみや臭味を感ずることなしにこの映画のいいところだけを享楽することができるかもし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・械と数十の映画を買って帰ったので、長い間の希望はついに実現されたわけであるが、妙なことにこの遂げられた希望の満足に関する記憶の濃度のほうが、かの失敗した試みに伴のうた強烈なる法悦の記憶に比べてかえって希薄である。 その時の映画の種板はた・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・といったような人間味の希薄なものを読みふけったのであった。それから「西遊記」、「椿説弓張月」、「南総里見八犬伝」などでやや「人情」がかった読み物への入門をした。親戚の家にあった為永春水の「春色梅暦春告鳥」という危険な書物の一部を、禁断の木の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・つまり定住した人口が希薄なせいかもしれない。冬になればこのへんはほとんど無人境になるそうであるから。 そう言えば、すずめもいっこうに見かけない。御代田へんまで行くとたくさんいるそうである。このすずめの分布は五穀の分布でだいたいは説明がで・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・蛮地では人煙が稀薄であり、聚落の上に煙の立つのは民の竈の賑わえる表徴である。現代都市の繁栄は空気の汚濁の程度で測られる。軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・さて、このすえ付け作業がすむと今度は、両手を希薄な泥汁に浸したのちに、その手で回転する団塊の胴を両方から押えながら下から上へとだんだんなで上げると、今まではただの不規則な土塊であったものが、「回転的対称」という一つの統整原理の生命を吹き込ま・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・すでに個々介立の弊が相互の知識の欠乏と同情の稀薄から起ったとすれば、我々は自分の家業商売に逐われて日もまた足らぬ時間しかもたない身分であるにもかかわらず、その乏しい余裕を割いて一般の人間を広く了解しまたこれに同情し得る程度に互の温味を醸す法・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ こけももには赤い実もついていたのです。 白いそらが高原の上いっぱいに張って高陵産の磁器よりもっと冷たく白いのでした。 稀薄な空気がみんみん鳴っていましたがそれは多分は白磁器の雲の向うをさびしく渡った日輪がもう高原の西を劃る黒い・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・けれども、緊張や熱が放散的で、内面の厚さが稀薄なように感じたのは何故だろう。 サンピエール寺院に行き、ベルトンを誘惑しようとする場面は、もう少しどうにか美化しても効果が薄くなりはしなかったろうと思う。 掻口説く声が、もっと蠱惑的に暖・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫