・・・いつか田舎から出て来た親戚の老婦人を帝劇へ案内して菊五郎と三津五郎の舞踊を見せた時に、その婦人が「あまりおもしろくて、見ているうちに、私はこんなにおもしろくてもいいのかしらんと思って、なんだかそら恐ろしくなりました」と言った。この婦人はずい・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・彼の時代の観客は、その騒々しい粗野な平土間席で、昨日帝劇の見物がそれを見て大いに笑ったその笑いの内容で、笑って見物したであろうか。この世にありえないことがわかりきった安らかさで笑っていた、その笑いを笑ったであろうか。ルネッサンスは、近代科学・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・―― 今夜本当は帝劇へベルクナーという女優が主演している女の心という映画を見に行こうかと思っていたのでしたが、家の中をコトコト動いていたので駄目。新交響楽団のベートウベンをずっときいているのですが、今度はパスをくれそうです。そうしたらう・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ これは母コウヅに女中ととまり かえって、その日帝劇で父と会ったとき、父上の話されたこと。 夢 デンマークだ。氷原の上を、タンクのようなものや何かが通る、停車場のようなところに自分、多勢の白衣の少女と居る。自分、・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ クリーゲルが行って、七円も八円も切符代のする帝劇かどっかの舞台で古典的なバレーの型を演じることと、二百万の失業者をふくむ日本のプロレタリアートとの間に、どんなつながりがあるであろうか。 メイエルホリド劇場の三晩・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・おだやかな気持にかえってあの帝劇で見た時のグレートヘンの着物、声、口元そんな事を思い出して居た。そうすると又小っぽけな小供達がけんかをはじめた。あの泣き声、叱る声、わめく声、又それをきくとかんしゃくの虫がうごめき出すと一緒に痛みが歯の間に生・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・初瀬浪子というのは帝劇の痩せた女優であった。紫のしぼりの襟から真白な頸を見せて、舞台で泣き伏していた女優の姿が目に浮んで、私は、それとおけいちゃんとの結びつきを何となし意外な、おどろいた気がした。女優になるの? そう訊くと、おけいちゃんは袂・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・こんな時には大抵祖母の歌舞伎座だの、帝劇だのの話が出る。「小屋だけ見ても結構なもので。と天井に絵の張ってある事、電気がまぼしくついて居る事、ほんとうに、縮緬や緞子の衣裳をつけて居る事などを、単純な言葉で話すのだけれ共、しまい・・・ 宮本百合子 「農村」
帝劇で復活を観た。一九三〇年にモスクワ芸術座で上演された方法で演出された。 つよく印象にのこったこと。 カチューシャに扮した山口淑子は熱演している。各場面ごとに、その場面の範囲内で。このことは、女優としての山口淑子・・・ 宮本百合子 「復活」
・・・「女親」帝劇に於て初演。大倉喜八郎一夜帝劇を買切りし際、「女親」の一部を改めて上演せしことを知り、劇作家協会と共に立ってその非を鳴らし、ついに帝劇を謝罪せしむ。シュニツレル選集をこしらえて印税を全部送ったのもこの年のことである。 一九二・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫