・・・しかしそれよりも忘れられないのはお嬢さんと顔を合せた途端に、何か常識を超越した、莫迦莫迦しいことをしはしないかと云う、妙に病的な不安である。昔、ジァン・リシュパンは通りがかりのサラア・ベルナアルへ傍若無人の接吻をした。日本人に生れた保吉はま・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ 危険思想 危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である。 悪 芸術的気質を持った青年の「人間の悪」を発見するのは誰よりも遅いのを常としている。 二宮尊徳 わたしは小学校の読本の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 時に、継母の取った手段は、極めて平凡な、しかも最上常識的なものであった。「旦那、この革鞄だけ持って出ますでな。」「いいえ、貴方。」 判然した優しい含声で、屹と留めた女が、八ツ口に手を掛ける、と口を添えて、袖着の糸をきりきり・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・且つその狂か、痴か、いずれ常識無き阿房なるを聞きたれば、驚ける気色も無くて、行水に乱鬢の毛を鏡に対して撫附けいたりけり。 蝦蟇法師はためつすがめつ、さも審かしげに鼻を傾けお通が為せる業を視めたるが、おかしげなる声を発し、「それは」と美人・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ものが、どういうことに思われて居るかと察するに、一は茶の湯というものは、貴族的のもので到底一般社会の遊事にはならぬというのと、一は茶事などというものは、頗る変哲なもの、殊更に形式的なもので、要するに非常識的のものであるとなせる等である、固よ・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・普通の常識では豪いか馬鹿かちょっと判断が出来ないが、左に右く島田は普通の人間の出来ない事をするよ――」「それにはYも心から感謝して、その話を僕にした時ポロポロ涙を澪して島田の恩を一生忘れないと泣いていた、」とU氏は暫らくしてから再び言葉・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・少し常識の桁をはずれた男で種々の逸事が残ってるが、戯作好きだという咄は残っていないからそれほど好きではなかったろう。事実また、外曾祖父の遺物中には馬琴の外は刊本にも写本にも小説は一冊もなかった。ただ馬琴の作は上記以外自ら謄写したものが二、三・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そして、常識にまで、芸術を低下することを意としないらしい。むしろそれが時勢に適応することだと思っているらしい。 少し作家的反省と自負とがあるならば、これは、単に、資本家の意図にしかすぎないことを知るのである。真の大衆は、最も彼等の生活に・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・この意味において、既成の感情、常識を基礎とする、しかも廃頽的な大人の文学と対立するものでなければなりません。しかるに、指導的立場にあるものゝ無自覚と産業機関の合理化は、新興文学の出現とその発達を拒んでいます。 しかし、このことも、幾千万・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ 達者で、器用で、何をやらせても一通りこなせるので、例えば彼の書いた新聞小説が映画化されると、文壇の常識を破って、自分で脚色をし、それが玄人はだしのシナリオだと騒がれたのに気を良くして、次々とオリジナル・シナリオを書いたのをはじめ、芝居・・・ 織田作之助 「鬼」
出典:青空文庫