・・・ 干潮の刻限である為か、河の水はまだ意外に低かった。水口からは水が随分盛んに落ちている。ここで雨さえやむなら、心配は無いがなアと、思わず嘆息せざるを得なかった。 水の溜ってる面積は五、六町内に跨がってるほど広いのに、排水の落口という・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 暗礁に乗りあげた駆逐艦の残骸は、山へあがって見ると干潮時の遠い沖合に姿を現わしていることがあった。 梶井基次郎 「海 断片」
・・・引きあげられた漁船や、地引網を捲く轆轤などが白い砂に鮮かな影をおとしているほか、浜には何の人影もありませんでした。干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のともに腰を下して海を眺めていました。夜は・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・これは月と太陽との引力のために起るもので、月や太陽が絶えず東から西へ廻るにつれて地球上の海面の高く膨れた満潮の部分と低くなった干潮の部分もまた大体において東から西へ向かって大洋の上を進んで行きます。このような潮の波が内海のようなところへ入っ・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・私たちはやはり率直に、転換期として今日現れている文化一般の混乱、低下を認めなければならず、いわば婦人作家の擡頭ということも今日までの範囲と質とでは、やはり干潮とともにあらわされた岩の姿として自覚する歴史的な目を求められていると思う。 こ・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・人民の貯蓄は、昨年末から、大干潮のように減少しつづけた。反対に、物価は、上へ、上へと、のぼりつめて、二本の線を、もすこしのばせば、其は完全な十の字となってぶっちがうところ迄来た。モラトリアムをしくしか、政府のうつべき手はなかったのである。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫