・・・組合でも出来るなら、さしずめ幹事というところで、年上の朋輩からも蝶子姐さんと言われたが、まさか得意になってはいられなかった。衣裳の裾なども恥かしいほど擦り切れて、咽喉から手の出るほど新しいのが欲しかった。おまけに階下が呉服の担ぎ屋とあってみ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・わっていて塩焼く烟の見ゆるだけにすぐもうけの方に思い付くとはよくよくの事と親類縁者も今では意見する者なく、店は女房まかせ、これを助けて働く者はお絹お常とて一人は主人の姪、一人は女房の姪、お絹はやせ形の年上、お常は丸く肥りて色白く、都ならば看・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・いな燃やさでおくべきと年上の子いきまきて立ちぬ。かたわらに一人、今日は獲もののいつになく多きようなりと、喜ばしげに叫びぬ。 わらべらの願いはこれらの獲物を燃やさんことなり。赤き炎は彼らの狂喜なり。走りてこれを躍り越えんことは互いの誇りな・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・市三より、三ツ年上のタエという娘もいた。 タエは、鉱車が軽いように、わざと少ししか鉱石を入れなかった。「もっと入れても大丈夫だ。」「そんな、やせがまんは張らんもんよ。」「それ/\動かんじゃないの。」 そして、鉱車を脇から・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・で来るし人にも段認められて来たので、いくらか手蔓も出来て、終に上京して、やはり立志篇的の苦辛の日を重ねつつ、大学にも入ることを得るに至ったので、それで同窓中では最年長者――どころではない、五ツも六ツも年上であったのである。蟻が塔を造るような・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ と誰かの口真似のように言って、お三輪の側へ来るのは年上の方の孫だ。五つばかりになる男の児だ。「坊やは何を言うんだねえ」 とお三輪は打ち消すように言って、お富と顔を見合せた。過ぐる東京での震災の日には、打ち続く揺り返し、揺り返し・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・私より十一、年上であって、兄の頭は既に禿げて光り、井伏さんも近年めっきり白髪が殖えた。いずれもなかなか稽古がきびしかった。性格も互いにどこやら似たところがある。私は、しかし、この人たちに育てられたのだ。この二人に死なれたら、私はひどく泣くだ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ Kは、私より二つ年上なのだから、ことし三十二歳の女性である。 Kを、語ろうか。 Kは、私とは別段、血のつながりは無いのだけれど、それでも小さいころから私の家と往復して、家族同様になっている。そうして、いまはKも、私と同じ様に、・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ 年上の方の娘の眼の表情がいかにも美しい。星――天上の星もこれに比べたならその光を失うであろうと思われた。縮緬のすらりとした膝のあたりから、華奢な藤色の裾、白足袋をつまだてた三枚襲の雪駄、ことに色の白い襟首から、あのむっちりと胸が高くな・・・ 田山花袋 「少女病」
はじめて煙草を吸ったのは十五、六歳頃の中学時代であった。自分よりは一つ年上の甥のRが煙草を吸って白い煙を威勢よく両方の鼻の孔から出すのが珍しく羨ましくなったものらしい。その頃同年輩の中学生で喫煙するのはちっとも珍しくなかっ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫