・・・ こうしたところにも、彼の優しい心づかいが見られて、私はこの年下の友だちを愛せずにいられなかった。しかし私には、美しくて若い彼の恋人を奥さんと呼ぶのは何となくふさわしくないような気がされて、とうとう口にすることはできなかった。 私た・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・』と首を出したのは江藤という画家である、時田よりは四つ五つ年下の、これもどこか変物らしい顔つき、語調と体度とが時田よりも快活らしいばかり、共に青山御家人の息子で小供の時から親の代からの朋輩同士である。 時田は朱筆を投げやって仰向けになり・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・貞徳は公より遥に年下である。我身の若さ、公の清らに老い痩枯れたるさまの頼りなさ、それに実生の松の緑りもかすけき小ささ、わびきったる釣瓶なんどを用いていらるるはかなさ、それを思い、これを感じて、貞徳はおのずから優しい心を動かしたろう、どうぞこ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・恋と言うは親密が過ぎてはいっそ調わぬが例なれど舟を橋際に着けた梅見帰りひょんなことから俊雄冬吉は離れられぬ縁の糸巻き来るは呼ぶはの逢瀬繁く姉じゃ弟じゃの戯ぶれが、異なものと土地に名を唄われわれより男は年下なれば色にはままになるが冬吉は面白く・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・とは、私より年下の友だちで、日ごろ次郎のような未熟なものでも末たのもしく思って見ていてくれる美術家である。「今ある展覧会も、できるだけ見て行くがいいぜ。」「そうだよ。」 と、また次郎が答えた。 五月にはいって、次郎は半分引っ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・三島には高部佐吉さんという、私より二つ年下の青年が酒屋を開いて居たのです。佐吉さんの兄さんは沼津で大きい造酒屋を営み、佐吉さんは其の家の末っ子で、私とふとした事から知合いになり、私も同様に末弟であるし、また同様に早くから父に死なれている身の・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・水野さんは、私より五つも年下の商業学校の生徒なのです。けれども、おゆるし下さい。私には、ほかに仕様がなかったのです。水野さんとは、ことしの春、私が左の眼をわずらって、ちかくの眼医者へ通って、その病院の待合室で、知り合いになったのでございます・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・笠井さんより九つも年下の筈なのであるが、苦労し抜いたひとのような落ちつきが、どこかに在る。顔は天平時代のものである。しもぶくれで、眼が細長く、色が白い。黒っぽい、じみな縞の着物を着ている。この宿の、女中頭である。女学校を、三年まで、修めたと・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・御亭主は、君より年下で、二十六だ。年下の亭主って、可愛いものさ。食べてしまいたいだろう。それに、君の亭主は、気が弱くて、街頭に出て、あの、いんちきの万年筆を、あやしげの口上でのべて売っているのだが、なにせ気の弱い、甘えっ子だから、こないだも・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・としは私より二つ三つ多い筈だが、額がせまく漆黒の美髪には、いつもポマードがこってりと塗られ、新しい形の縁無し眼鏡をかけ、おまけに頬は桜色と来ているので、かえって私より四つ五つ年下のようにも見えた。痩型で、小柄な人であったが、その服装には、そ・・・ 太宰治 「女神」
出典:青空文庫