・・・ 昨日は紅楼に爛酔するの人年来多病感二前因一。 年来 多病にして前因を感じ旧恨纏綿夢不レ真。 旧恨 纏綿として夢真ならず今夜水楼先得レ月。 今夜 水楼 先ず月を得て清光偏照善愁人。 清光 偏えに照ら・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・太十は数年来西瓜を作ることを継続し来った。彼はマチの小遣を稼ぎ出す工夫であった。それでもそれは単に彼一人の丹精ではなくて壻の文造が能くぶつぶついわれながら使われた。お石が来なくなってから彼は一意唯銭を得ることばかり腐心した。其年は雨が順よく・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・そうかと云ってこの人造世界に向って猪進する勇気は無論ないです。年来の生活状態からして、私は始終山の手の竹藪の中へ招かれている。のみならず、この竹藪や書物のなかに、まるで趣の違った巣を食って生きて来たのです。その方が私の性に合う。それから直接・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・ 秋山は、ベルの中絶するのを待っている間中、十数年来、曾てない腰の痛みに悩まされていた。その時間は二分とはなかった、が彼には二時間にも思えた。 秋山は平生から信じていた。導火線に火を移す時は、たといどんな病気でも、一時遠慮するものだ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・百千年来蛮勇狼藉の遺風に籠絡せられて、僅に外面の平穏を装うと雖も、蛮風断じて永久の道に非ず。我輩は其所謂女子敗徳の由て来る所の原因を明にして、文明男女の注意を促さんと欲する者なり。又初めに五疾の第五は智恵浅きことなりと記して、末文に至り中に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・今日は二の酉でしかも晴天であるから、昨年来雨に降られた償いを今日一日に取りかえそうという大景気で、その景気づけに高く吊ってある提灯だと分るとその赤い色が非常に愉快に見えて来た。 坂を下りて提灯が見えなくなると熊手持って帰る人が頻りに目に・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
「愛と死」が、読むものの心にあたたかく自然に触れてゆくところをもった作品であることはよくわかる。武者小路実篤氏の独特な文体は、『白樺』へ作品がのりはじめた頃から既に三十年来読者にとって馴染ふかいものであり、しかもこの頃は、一・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・自分の任用したものは、年来それぞれの職分を尽くして来るうちに、人の怨みをも買っていよう。少くも娼嫉の的になっているには違いない。そうしてみれば、強いて彼らにながらえていろというのは、通達した考えではないかも知れない。殉死を許してやったのは慈・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・古人の悩んだこんな悩ましさも、十数年来まだ梶から取り去られていなかった。そして、戦争が敗北に終わろうと、勝利になろうと、同様に続いて変らぬ排中律の生みつづけていく難問たることに変りはない。「あなたの光線は、威力はどれほどのものですか。」・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ しかしこの十年来の革新の努力がどういう結果を生んだかという事になると、我々は強い失望を感ぜずにはいられない。美術院の展覧する日本画が明らかに示しているように、この革新は外部の革新であって内部のそれではないのである。 美術院展覧会を・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫