・・・ と年甲斐もない事を言いながら、亭主は小宮山の顔を見て、いやに声を密めたのでありますな、怪からん。「へへへ、好い婦人が居りますぜ。」「何を言っているんだ。」「へへへ、お湯をさして参りましょうか。」「お茶もたんと頂いたよ。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・せず、たっていやだと言う民子を無理に勧めて嫁にやったのが、こういうことになってしまった……たとい女の方が年上であろうとも本人同志が得心であらば、何も親だからとて余計な口出しをせなくもよいのに、この母が年甲斐もなく親だてらにいらぬお世話を焼い・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・それを思うと仕事も碌々手に着かないで、ある時は二人の在処を突留めようと思ったり、ある時は自分の年甲斐も無いことを笑ったり、ある時は美しく節操の無い女の心を卑しんだりして、それ見たかと言わないばかりの親戚友人の嘲の中に坐って、淋しい日を送った・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・金雀枝の茂みのかげから美々しく着飾ったコサック騎兵が今にも飛び出して来そうな気さえして、かれも心の中では、年甲斐もなく、小桜縅の鎧に身をかためている様なつもりになって、一歩一歩自信ありげに歩いてみるのだが、春の薄日を受けて路上に落ちているお・・・ 太宰治 「花燭」
・・・戸田さんが年甲斐も無く自惚れて、へんな気を起したら困るとも思ったの。「先生」とお呼びするほど尊敬もしてないし、それに戸田さんには何も学問がないんだから「先生」と呼ぶのは、とても不自然だと思ったの。だから貴下とお呼びする事にしたんだけど、「貴・・・ 太宰治 「恥」
・・・尾崎行雄は年甲斐もなく亢奮して、日本の国語が英語になってしまわなければ、日本で民主精神なんか分りっこないと放言しているのには、日本のすべての人がおどろいた。元来民主主義は英語の国から来たものだからだそうだ。 カクテール・キングとあだ名さ・・・ 宮本百合子 「長寿恥あり」
・・・紅におこされて乳母も、「有難う、ねまいと思ってもついつかれて居るとほんとうに年甲斐もないことをしてしまって」 乳母は目をさましてから年若な紅におこされたことを大変恥かしいと思ってこんなことを云って髪をかきながら、「オヤ、いらっし・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫