・・・瞽女でも相当の年頃になれば人に誉められたいのが山々で見えぬ目に口紅もさせば白粉も塗る。お石は其時世を越えて散々な目に逢って来たのである。幾度か相逢ううちにお石も太十の情に絆された。そうでなくとも稀に逢えば誰でも慇懃な語を交換する。お石に逢う・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・婦人の既に年頃に達したる者が、人に接して用談は扨置き、寒暖の挨拶さえ分明ならずして、低声グツ/\、人を困却せしむるは珍らしからず。殊に病気の時など医師に対して自から自身の容態を述ぶるの法を知らず、其尋問に答うるにも羞ずるが如く恐るゝが如くに・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・然るに日本に於ては趣を異にし、男子女子の為めに配偶者を求むるは父母の責任にして、其男女が年頃に達すれば辛苦して之を探索し、長し短し取捨百端、いよ/\是れならばと父母の間に内決して、先ず本人の意向如何を問い、父母の決したる所に異存なしと答えて・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・(右の方に向き、耳を聳何だか年頃聞きたく思っても聞かれなかった調ででもあるように、身に沁みて聞える。限なき悔のようにもあり、限なき希望のようにもある。この古家の静かな壁の中から、己れ自身の生涯が浄められて流れ出るような心持がする。譬えば母と・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・茶店の女主人と見えるのは年頃卅ばかりで勿論眉を剃っておるがしんから色の白い女であった。この店の前に馬が一匹繋いであった。余は女主人に向いて鳥井峠へ上るのであるが馬はなかろうかと尋ねると、丁度その店に休でいた馬が帰り馬であるという事であった。・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 若い年頃の人が髪をおろす時の気持が思いやられる。 ピッタリと頭の地ついた少ない髪を小さくまるめた青い顔の女が、体ばっかり着ぶくれて黄色な日差しの中でマジマジと物を見つめて居る様子を考えて見ると我ながらうんざりする。 毎朝の抜毛・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・戦争がうんとひどくなるすこし前に政府は日本じゅうに踊をはやらせて、ものを真面目に研究したり考えたりする年頃の若い人を、さんざ踊らせました。 踊りふけっているとき、頭の中に何があるでしょう。今日、豊年という日本の秋には、深刻な失業の問題が・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・口に出して言いつけられぬうちに、何の用事でも果たすような、敏捷な若者で、武芸は同じ年頃の同輩に、傍へ寄りつく者もないほどであった。それに遊芸が巧者で、ことに笛を上手に吹いた。 ある時信康は物詣でに往った帰りに、城下のはずれを通った。ちょ・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・尤前便に申上候通、不幸なる境遇に居られし人なれば、同じ年頃の娘とは違ふ所もあるべき道理かと存じ候。何は兎もあれ、御前様の一日も早く御上京なされ候て、私の眼鏡の違はざることを御認なされ候を、ひたすら待入候。かしこ。尚々精次郎夫婦よりも宜し・・・ 森鴎外 「独身」
・・・小生は子供の時分この父を尊敬した。年頃になるとしばしば叱られた関係もあって小生の方で反抗心を抱いていたが二十五、六を過ぎてから再び尊敬することを覚えた。思想が古いとか古くないとかいうことはそもそも末であって、正しいか正しくないか、またその思・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫