・・・相手の分不相応な大きな注文を盛りあげて、自分でひとり幻滅する。相手の異性をよく見わけることは何より肝要なことだ。恋してからは目が狂いがちだから、恋するまでに自分の発情を慎しんで知性を働らかせなければならぬ。よほどのロマンチストでない限り、一・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・明日は、明日はと待ち暮らしてみても、いつまで待ってもそんな明日がやって来そうもない、眼前に見る事柄から起こって来る多くの失望と幻滅の感じとは、いつでも私の心を子供に向けさせた。 そうは言っても、私が自分のすぐそばにいるものの友だちになれ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・けれども私には、それに依って幻滅を感ずるどころか、かえって悲しくなつかしく、清潔なものをさえ感じました。あなたは臆するところ無く遊びます。周囲の思惑を少しも顧慮せず、それこそ、ずっかずっか足音高く遊びます。そうして遊びの責任を、遊びの刑罰を・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・けれども、なんだか、みんなあんなにいい人ばかりなのに、せっかく、こんな田舎までやって来て下さったのに、自分は何も、もてなすことができず、みんな一種の淋しさ、幻滅を抱いて帰ったのではなかろうかと、そんな心配が頭をもたげ、とみるみるその心配が夕・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・私のまずしい病室と、よごれて醜い病人の姿に幻滅して、閉口してお帰りになりました。あなたは私を雑巾みたいに軽蔑なさった。あなたは、悪魔です。」 後日談は無い。 太宰治 「誰」
・・・それが、ちがった見当から、ちがったふうに聞こえてくると、結果は当然幻滅であり矛盾である。これは自然なものと不自然なものとの衝突から生じる破綻である。要するにわれわれが人形の声を知らぬことがこの秘密のかぎであるのではないか。 これに似たこ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ そして、自分はこれまでに、これとよく似た幻滅を感じさせられた色々の場合を想い起しながら、またあてもなく、祝日の人通りに賑わう銀座の方へ歩いて行った。 二 ボーイ A町を横に入った狭い小路に一軒の小さな洋食店が・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・もしだれか極端に蓄音機のきらいな人があってこの器械の音の聞こえない国を捜して歩くとしたら、その人はきっとにがにがしい幻滅を幾度となく繰り返したあげくにすごすご故郷に帰って来るだろうと思われる。 蓄音機の改良進歩の歴史もおもしろくない事は・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・に出る。幻滅を感じて狐につままれた顔をして引返してくる場合もあるであろう。しかしアインシュタインは古い昔のガリレーをほじくって相対性原理を掘りだし、ブローイーは塵に埋もれたハミルトンにはたきと磨きをかけて波動力学を作りあげた。 時々西洋・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・もし協力というものを遊びごっこのような、恋愛遊戯の一つのエティケットのように扱うならば、結婚と一緒にそれは幻滅するであろう。――最も深い意味で、最も永続的な意味で、最も責任のある意味で協力が必要とされてきている時期に……。 協力というこ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫