・・・この歌は、或女の処へ、其女の亭主の幽霊が出て来て、自分は遠方で死だという事を知らすので、其二人の問答の内に、次のような事がある。“Is there any room at your head, Willie?Or any roo・・・ 正岡子規 「死後」
・・・こんな奴が居るから幽霊に出たくなるのだ。ちょっと幽霊に出てあいつをおどかしてやろうか。しかし近頃は慾の深い奴が多いから、幽霊が居るなら一つふんじばって浅草公園第六区に出してやろうなんていうので幽霊捕縛に歩行いて居るかもしれないから、うっかり・・・ 正岡子規 「墓」
・・・シグナルはもうまるで顔色を変えて灰色の幽霊みたいになって言いました。「またあなたはだまってしまったんですね。やっぱり僕がきらいなんでしょう。もういいや、どうせ僕なんか噴火か洪水か風かにやられるにきまってるんだ」「あら、ちがいますわ」・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・その黄色な幽霊は、ネネムの四角な袖のはじをつまんで、一本のばけものりんごの木の下まで連れて行って、自分の片足をりんごの木の根にそろえて置いて云いました。「あなたも片足をここまで出しなさい。」 ネネムは急いでその通りしますとその黄色な・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・日本画家が幽霊をかく時には、必ず頭のぐるりをぼかして少しはなして、ポウポウとした毛を描きます。それがどんなに実際に観察にたっているかということが沁み沁みとわかって、あれを思い出す度にああよくも命が助かったと思いますが、今の私は爪に死線が出た・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・のように、貪婪な伯父が幽霊に脅かされて翻然悔悟し、親切者となるようなことがあるならば、いわばこの世の不幸は不幸といわれないのではないだろうか。ギャングにさらわれ、波瀾の激しい日を送りながらも心の浄い少年が、ついに助け出され巨大な遺産を相続し・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・そうして今の読者に語るものは幽霊であろう。幽霊は怨めしいと云って出るものには極まって居る。もし東京に残って居る鴎外の昔の敵がこの文を読んだなら、彼等はあるいは予を以て幽霊となし、我言を以て怨しいという声となすかも知れない。しかしそれは推測を・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・義務が事実として証拠立てられるものでないと云うことだけ分かって、怪物扱い、幽霊扱いにするイブセンの芝居なんぞを見る度に、僕は憤懣に堪えない。破壊は免るべからざる破壊かも知れない。しかしその跡には果してなんにもないのか。手に取られない、微かな・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・「いったい、それは、眼にするすべてが幽霊だということか。――手に触れる感覚までも、これは幽霊ではないとどうしてそれを証明することが出来るのだ。」 ときには、斬り落された首が、ただそのまま引っ付いているだけで、知らずに動いている人間の・・・ 横光利一 「微笑」
・・・愛なく情なく血なく肉なくしてただ黄金にのみ執着する獰猛なスクルジは過去現在未来の幽霊に引っ張り回されて一夜の間に昔の夢のようなホームの楽しさと冷酷なる今と身近く迫れる暗き死の領とを痛切に見せられた。翌朝はクリスマスである。スクルジはなんとな・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫