･･･しかしうかうかしていると、色々な妙な思想がフィルムの形になって外国から続々入り込んで全国に燃え拡がるのは事実である。 現代一部の日本人をすっかりヤンキー化させたものはほとんど全く映画の力だと云っても誇張ではあるまい。実に恐るべきことであ･･･ 寺田寅彦 「教育映画について」
･･･次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の･･･ 寺田寅彦 「空想日録」
･･･これについて一つ不審に思った事は、あれがどうしていつでも傘のように垂直線のまわりに対称的に拡がるかという事である。なんでもない事のように思っていたが、考えてみると、これはそう簡単な問題ではなさそうである。あの円筒形がその筒の軸と直角な軸の周･･･ 寺田寅彦 「雑記（２［＃「２」はローマ数字、1-13-22］）」
･･･明治の初年に狂気のごとく駈足で来た日本も、いつの間にか足もとを見て歩くようになり、内観するようになり、回顧もするようになり、内治のきまりも一先ずついて、二度の戦争に領土は広がる、新日本の統一ここに一段落を劃した観がある。維新前後志士の苦心も･･･ 徳冨蘆花 「謀叛論（草稿）」
･･･煙草の烟がランプをめぐって薄く拡がる。瞽女は危ふげな手の運びようをして撥を絃へ挿んで三味線を側へ置いてぐったりとする。耳にばかり手頼る彼等の癖として俯向き加減にして凝然とする。そうかと思うとランプを仰いで見る。死んだ網膜にも灯の光がほっかり･･･ 長塚節 「太十と其犬」
･･･しかし流れるとも広がるとも片づかぬ。「縁喜でもない、いやに人を驚かせるぜ。ワハハハハハ」と無理に大きな声で笑って見せたが、腑の抜けた勢のない声が無意味に響くので、我ながら気がついて中途でぴたりとやめた。やめると同時にこの笑がいよいよ不自･･･ 夏目漱石 「琴のそら音」
･･･鳴る中には砕けて砕けたる粉が舞い上り舞い下りつつ海の方へと広がる。濁る浪の憤る色は、怒る響と共に薄黒く認めらるる位なれば櫓の周囲は、煤を透す日に照さるるよりも明かである。一枚の火の、丸形に櫓を裏んで飽き足らず、横に這うてひめがきの胸先にかか･･･ 夏目漱石 「幻影の盾」
･･･そこでこれから南の方にあたる倫敦の町外れ――町外れと云っても倫敦は広い、どこまで広がるか分らない――その町外れだからよほど辺鄙な処だ。そこに恰好な小奇麗な新宅があるので、そこへ引越そうという相談だ。或日亭主と神さんが出て行って我輩と妹が差し･･･ 夏目漱石 「倫敦消息」
･･･横に広がるだけでしょう。ところが根と枝は相関現象で似たような形になるんです。枝も根のように横にひろがります。桜の木なんか植えるとき根を束ねるようにしてまっすぐに下げて植えると土から上の方も箒のように立ちましょう。広げれば広がります。〕「･･･ 宮沢賢治 「台川」
･･･ 手脚は靭やかに舞わないのか狭い日本、小さい社会心は あまりに拡がる。素朴に 感激を表わそうとする女裸形の 人間 はなにか。 五月三日芸術の 真の 畏ろしさ心に 真実 愛が満ち信に安らいだ時･･･ 宮本百合子 「五月の空」
出典：青空文庫
