・・・じょさいのない中老店員の一人は、顧客の老軍人の秘蔵子らしいお坊っちゃんの自分の前に、当時としてはめったに見られない舶来の珍しいおもちゃを並べて見せた。その一つはねずみ色の天鵞絨で作った身長わずかに五六寸くらいの縫いぐるみの象であるが、それが・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ このキャディのような環境におかれた少年は例えば昔の本郷青木堂の小店員のごとく大概妙に悪ずれがしてくるものであるが、ここの子供達はそんな風が目に立たない。このリンクの御客が概して地味で真面目で威張らない人の多いせいかもしれない。 い・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・に関する詳しい記事のありそうな本を捜していた時に、某書店の店員が親切にカタログをあさってともかくも役に立ちそうな五六種の書名を見つけてくれて、「海外注文」を出してもらったが、一年以上たってもただ一冊手に入っただけで、残りのものは梨のつぶてで・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・どう見ても金持ちらしい五十格好のあぶらぎった顔をした一人の顧客が、若い店員を相手にして何か話している。水槽につけた紙札に魚の名と値段が書いてある。目高ぐらいの魚が一尾二十五円もするのである。金持ちらしい客は「フム、これは安いねえ」「安いんだ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・それらの店の店員や主人は「石油ランプはドーモ……」と、特に「は」の字にアクセントをおいて云って、当惑そうな、あるいは気の毒そうな表情をした。傍で聞いている小店員の中には顔を見合せてニヤニヤ笑っているのもあった。おそらくこれらの店の人にとって・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・買う時には店員まで付き添って雨の降る中を届けて来たのに、それでは少しおかしいとは思ったがどうにもならなかった。しかしはるばる持って行くのがおっくうなので長い間納戸のすみに押し込んだままになっていた。子供もおしまいにはあきらめて蓄音機の事は忘・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 若いおそらく新参らしい店員にある書物があるかと聞くと、ないと答える。見るとちゃんと眼前の棚にその本が収まっている事がある。そういうときにわれわれははなはださびしい気持ちを味わう。商人が自分の商品に興味と熱を失う時代は、やがて官吏が職務・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・音楽家からも楽器屋の店員からも、また音楽好きの学生からも一つとしてよい印象を受けなかった。 そのころ音楽会と言えば、音楽学校の卒業式の演奏会が唯一の呼び物になったがこれは自分らには入場の自由が得られなかった。そのほかには明治音楽会という・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・山崎洋服店の裁縫師でもなく、天賞堂の店員でもないわれわれが、銀座界隈の鳥瞰図を楽もうとすれば、この天下堂の梯子段を上るのが一番軽便な手段である。茲まで高く上って見ると、東京の市街も下にいて見るほどに汚らしくはない。十月頃の晴れた空の下に一望・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員など、地方からこの首都に集って来る若い女の顔である。現代民衆的婦人の顔とでも言うべきものであろう。この顔にはいろいろの種・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
出典:青空文庫