・・・実の御新造は、人づきあいはもとよりの事、門、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切りの、長年の狂女であった。――で、赤鼻は、章魚とも河童ともつかぬ御難なのだから、待遇も態度も、河原の砂から拾って来たような体であったが、実は・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・貴方が御結婚を遊ばして、あとまる一年、ただ湧くものは涙ばかり、うるさく伸びるものは髪ばかり。座敷牢ではありませんが、附添たちの看護の中に、藻抜のように寝ていました。死にもしないで、じれったい。……消えもしないで、浅ましい、死なずに生きていた・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・彼女の父親は晩年を暗い座敷牢に送った人であったから。「ふーん」 思わずおげんは唸るような声を出して自分の姿に見入った。彼女が心ひそかに映ることを恐れたような父親の面影のかわりに、信じ難いほど変り果てた彼女自身がその鏡の中に居た。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・あの子は、きっと座敷牢よ。一生涯、村の笑われもの。田舎の人ったら、三代まえに鶏ぬすまれたことだって、ちゃんと忘れずに覚えていて、にくしみ合っているんだもの。」「ちがう。」高須は、落ちついて否定した。「ふるさとは、そんなものじゃない。肉親・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫