・・・ カーライルが麦藁帽を阿弥陀に被って寝巻姿のまま啣え煙管で逍遥したのはこの庭園である。夏の最中には蔭深き敷石の上にささやかなる天幕を張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。星明かなる夜最後の一ぷくをのみ終り・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 本田家は、それが大正年間の邸宅であろうとは思われないほどな、豪壮な建物とそれを繞る大庭園と、塀とで隠して静に眠っているように見えた。 邸宅の後ろは常磐木の密林へ塀一つで、庭の続きになっていた。前は、秋になると、大倉庫五棟に入り切れ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・他人の醜美は我が形体の苦楽に関係なきものなれども、その美を欲するはあたかも我が家屋を装い庭園を脩め、自からこれを観て快楽を覚ゆるの情に異ならず。家屋庭園の装飾はただちに我が形体の寒熱痛痒に感ずるに非ざれども、精神の風致を慰るの具にして、戸外・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ただに方言のみならず、衣服、飲食の品類より、家屋・庭園・装飾・玩弄の物にいたるまでも、一時一世の流行にほかなるを得ず。流行のものを衣服し、流行のものを飲食し、流行の家屋におり、流行の物を弄ぶ。 この点より見れば、人はあたかも社会の奴隷に・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
わかい、気のやさしい春は庭園に美しい着物を着せ ――明るい時―― 林町の家の、古風な縁側にぱっと麗らかな春の白い光が漲り、部屋の障子は開け放たれている。室内の高い長押にちらちらする日影。時計・・・ 宮本百合子 「雲母片」
八月のある日、わたしは偶然新聞の上に一つの写真を見た。その写真にとられている外国人の一家団欒の情景が、わたしの目をひいた。背景には、よく手入れされたひろい庭園と芝生の上に、若い父親が肱を立ててはらばい、かたわらの赤ン坊を見・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・家の、大体の建築を自分でする等と云う事は、不可能と知れていますが、少くとも、庭園に対する注意、室内装飾の或る部分は、家を営む者達の手――心でどうかなると思われます。 植木屋を手伝い、男――良人や男の子等は、花壇作り樹木の植つけ等を、分に・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・通俗的な日本式庭園の型をまねて更に一層貧弱な結果を示したに過ぎない。 私は、庭が、せめてありのままの自然の一部を区切って僅の修正を施した程度のものでありたい。本当の野山をいくら捜してもない樹木の配置、木と木との組み合わせ等を狭い都会・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・映画では気の毒な月並の手法で、長椅子にかけたまま宙を見つめるカッスル夫人の前に、幻の良人が庭園の並木の間を次第に彼方へ遠のきつつ独り踊ってゆく姿を出しているのである。それならそれでいいから、その幻の踊りの姿に我ともなく体をひき立てられ、どう・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・京都で庭園を見て回った人々は必ず記憶していられることと思うが、京都では杉苔やびろうど苔が実によく育っている。ことに杉苔が目につく。あれが一面に生い育って、緑の敷物のように広がっているのは、実に美しいものである。桂離宮の玄関前とか、大徳寺真珠・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫